Researcher

地域を元気にするしくみを、金融機関が生み出す

本永 謙介(もとなが けんすけ)

鹿児島県鹿児島市出身、1997年4月鹿児島相互信用金庫(そうしん)入庫。営業職を経て企業支援や融資業務の企画に携わり、2015年から配属された経営企画部では、事業計画策定や店舗政策、経済環境分析等に従事。2018年3月、同金庫に設立された「そうしん地域おこし研究所」の研究員に就任。2018年4月、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程入学。

2018年3月 「そうしん地域おこし研究所」研究員 就任
2018年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
2018年4月 地域おこし研究員 就任(第4号、鹿児島相互信用金庫)
2020年3月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了
地域の衰退は、信金の衰退

大学は法学部で法律を学んでいたんですが、なんとなく金融の仕事に興味がありました。ただ、当時は銀行と信金や信用組合とか、何が違うのかそれほど意識してませんでしたし、分かってなかったと思いますね。大学卒業を控え、就職活動をしている時から、とにかく地元の金融機関を受けていました。

銀行と信用金庫の大きな違いは、営業区域が限定されているということです。そもそも信用金庫はその地域に住んでいる個人や中小企業の出資によって設立されている協同組織なので、地域のみなさまから預かった預金を、資金を必要とする会員(=出資者)に融資するという、困ったときはお互いさま、相互扶助の精神の上に成り立っています。信用金庫側からの目線でいうと、地域の中で資金を循環させて、地域経済の発展に貢献するという大切な役割を担っています。一方で、その地域限定で活動をするので、地域が元気になっていかないと、信金の生き残る道はありません。

今、まさに人口減少、少子高齢化、事業所の減少等、地域にとって厳しい環境が続いています。これまでは地域における金融面での支援が中心でしたが、これからは取引先企業の本業支援や事業承継支援、自治体との連携による地域活性化策の推進など、非金融面における役割を発揮することが大切になってきます。金融機関はお金だけでなく、様々な情報や人が集まってくるところなので、信用金庫は、地域のみなさまがそれらを活用するプラットフォームのような機能を提供しなければならないのだと考えています。

地域が元気になるために、自分が成長するために

鹿児島相互信用金庫(以降、そうしん)に入庫して、3ヶ月の研修期間が終わると大隅半島に赴任しました。そこで、ついこの間まで学生だったのにお客様の大事なお金を扱ったり、融資の話をしたり・・・信金が地域の方々にとって非常に近い存在なんだなと実感しました。自分が融資させていただいた資金で事業が上手く回っていたり、喜びの声をいただいたりしたことは、嬉しかったですね。

ここ数年は、業務の一環で、一つ一つ個別のお客様の決算書を見ていて、年1000社以上決算書を見てきました。一見、経営規模は小さくみえる企業なのですが、地域に溶け込んでいて、様々な地域の組織や企業と影響し合っているといった企業が多くあり、また、地域の状況にも影響を受けている企業も多くありました。そういった個々の企業の支援と地域全体を元気にすることが重要と実感していました。

photo

そうしんが「地域おこし研究員」を募集すると聞いたときに自分が挑戦しようと思ったのは、営業店にいた頃に、担当していた中小企業のみなさんと関わる中で、地域とともに歩んでいて、地域が元気でなくなると、経営も厳しくなっていた実情を肌で感じていたことが大きいと思います。地域が元気になることで、会社も元気になる。お互いにwin-winの関係にあると実感していました。そんな感覚があり、なにより、自分が成長するためにもとても魅力的だと思ったので、チャレンジさせてほしいと申し出ました。

そうしんは、自治体ではないので「地域おこし協力隊」の制度ではないのですが、独自の制度として「地域おこし研究員」を募集しています。「超・地域密着経営」をする金融機関として、会社の内外で、そうしんの仕組みを活用して地域おこしに挑戦する人を幅広く募集しています。私はすでに職員でしたが、地域も会社もお互いにwin-winになる仕組みづくりに挑戦をしてみたいと思い、手を上げました。ぜひ、多くの方に応募してもらい、一緒に挑戦していきたいと思っています。また、これから挑戦する方の模範にもなりたいと思っています。

「ぶり奨学プログラム」をさらに機能させ、普及させる

地域おこし研究員として、最初に取り組みたいことは、鹿児島県長島町などで運用している「ぶり奨学プログラム」を支援するツールや指標の開発です。

鹿児島県の北西部に位置する長島町には、高校や大学がないので、中学校を卒業した子どもたちは、進学のために地域を出るか、長時間掛けて通うことになります。そして、いったん地域を離れると、結果的に帰ってこないことも多い状況でした。送り出す親の負担も大きいですし、なにより地域の産業や経済を盛り上げる若者が帰ってきてないということは地域の衰退も加速します。そこで、2015年に長島町と鹿児島相互信用金庫、慶應義塾大学SFC研究所社会イノベーション・ラボが連携し、「ぶり奨学プログラム」を開発しました。

photo

「ぶり」は回遊魚で出世魚。長島町では年間250万匹くらいのぶりを育てていて、おそらく世界で一番出荷しています。約30カ国に輸出もされているそうです。出世魚で回遊魚である「ぶり」のたくましい成長のあり方からネーミングをして、世界各地で活躍をすること、そして、地域に戻って、さらなる活躍をすることを支援することを目的とするのが「ぶり奨学プログラム」です。

「地域に帰ってきたら返さなくて良い奨学金」として知られていますが、本来はもっと細かく設計されています。具体的には、ぶり奨学プログラムは、(1)通常の教育ローンより優遇される「ぶり奨学ローン」の創設、(2)ぶり奨学ローン等の返済額を助成する「ぶり奨学助成制度(ぶり奨学金)」、(3)ふるさと納税や事業者等より寄附を募る「ぶり奨学寄附制度」、(4)出身の学生や卒業生の交流を図る「ぶり奨学交流事業」、(5)就職・起業を支援する「ぶり就職起業支援事業」(6) 大学等と連携する「ぶり大学等連携事業」の6つから成り立っているパッケージです。

様々な工夫があるのですが、例えば、地元の東町漁業協同組合は、ぶり1本につき1円を寄付したりして、町全体で子どもたちを応援するしくみとなっています。この仕組みは、長島町や慶應の玉村先生、そうしんの職員が連携して開発したものですが、今までになかった画期的な仕組みができあがり、地域のためにとても良いものと思います。この仕組みが実現していけば、他の市町村で応用が出来るんじゃないかとも思いました。実際に、鹿児島県内や全国各地でいくつか採用されています。ただ、他の自治体がすぐに取り入れることができるかというと、ちょっとハードルがあるのです。

この仕組みを導入するにあたって、地域の子どもの数や利用予測、Uターンによる効果などをシミュレーションして、持続性や規模の妥当性などを検討する必要があります。また、導入後にも定期的に効果検証や予測をしないと、様々なリスクに気づかない可能性もあります。そういったシミュレーションや効果検証するためのツールや指標を開発して、より普及できるようにするパッケージを作りたいと考えています。このパッケージができれば、他の自治体でも「ぶり奨学プログラム」と同じ仕組みの導入が容易になるのではないか、と考えています。また、奨学金に限らず、違う地域課題に応用することも可能なのではないかと構想しています。

信用金庫は営業エリアが限られていることは、言い換えると、エリア外との利害関係がないので、他の地域にある、全国の信用金庫への発信や連携、支援をすることの可能性もあります。ぶり奨学プログラムは、奨学金にかかわる部分は入り口だけで、実際に子どもたちが卒業して地元に帰ってきても仕事がなければ、また出ていってしまいます。このパッケージの開発とUターンを促進するような仕事づくりも併せて、深掘りして考えていきたいと考えています。

人々と寄り添って活動する金融が地域のつながりを強める

昨年(2017年)、鹿児島相互信用金庫に「そうしん地域おこし研究所」が設立されました。鹿児島相互信用金庫が持つ機能を活かして、地域のさまざまな主体とともに、地域の課題を解決と事業の効果の両面の相乗効果があり、誰にとってもWinとなる社会システムを構築することを目指しています。そのためには研究・開発が必要です。そのときに、研究員が大学院に入学して、大学院の指導を受けながら、様々な仕組みを研究開発し、設計して、実装していくことで、より機能するものを実現しようと考えています。

photo

わたしは、20年間ずっと金融の事しかしてこなかったので、全国各地から集まっている地域おこし研究員や先生方も含め、いろいろな研究分野や知見に触れられたら良いなと思っています。地域に密着している信金のプラットフォームをつかって、いままでは気づいてなかったアプローチで、社会にイノベーションを起こせる、地域のために活用できる施策があると思うんです。そうしんの地域おこし研究所の所長にも「とにかく色んなことを知って、色んな人と知り合って、色々な挑戦をしてほしい」と言われています。そうしんの地域おこし研究員としても、ゆくゆくは、自治体だけでなく、企業に対しても「こういうやり方がありますよ」という提案していければと思います。

これまでの経験で、「金融だけでできること」は限られていることは、実感しています。ですが、「金融だけでできることが限られている」と言うことは、逆にいうと、金融はつねに様々な人々と寄り添って活動することが必要と言うことです。そういったことができる金融機関があると、地域の活力を上げることが出来ると思っています。地方創生には、いろんな人々が知恵を出し合い、協力してやっていくことが重要だと思います。私もそうですが、皆さん、地元が大好きな方が多いですし、地元が元気になってほしい、という想いをもっています。その想いを繋げていくためにも、そうしんで培ったことと、SFCで新しく学んでいくことを、現場で活かしていきたいと思います。

(2018.04.23)

研究資料

参考