Researcher

人をつなげ、地域の仲間と地域の課題を解決する仕組みをつくる

貫洞 聖彦(かんどう きよひこ)

東京都中野区出身、2013年慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)総合政策学部入学。学部では、建築デザインをはじめ「千年村プロジェクト」などへの参加を通じて、地域コミュニティにおける人々のつながりや暮らしに興味を持つ。卒業研究では、路上生活者の社会的背景や、路上生活にいたる要因の解明に取り組む。2017年4月 大学院 政策・メディア研究科修士課程入学、社会イノベータコース所属。10月より、広島県神石高原町の地域おこし協力隊として赴任。

2017年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
2017年10月 神石高原町地域おこし協力隊 就任
2017年10月 地域おこし研究員 就任(第1号、神石高原町)
2019年3月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了
デザイン、モノづくりから“人々の暮らし”へ

慶應義塾には、中学生の時から通っていました。創作や何かを構築していくということが好きだったので、絵を書いたり、モノづくりをすることに時間を使っていました。そういうこともあって、大学の進路は、同級生の多くが三田キャンパスを選択するのですが、僕はモノづくりができたらいいなという思いがあって、SFCを選びました。

入学してからまずは、建築の勉強を始めました。最初はどう設計するか、どういったデザインにするかというところから勉強していたんですが、学部3年生の時に「千年村プロジェクト」という活動に参加することになって。千年以上にわたり、自然的社会的な災害や変化を乗り越えて、持続的に生活が営まれてきた集落や地域をフィールドワークする中で、集落がどういった構造なのか、どうして今まで維持されてきたのかとか、モノをつくるということから、だんだんと集落やコミュニティの構造や持続性みたいな、ひとの暮らしやコミュニティについて考えてみたいと思うようになりました。

「問題発見・問題解決」をやりたい

実は、SFCに入学する前から、ずっと社会問題に興味があって。「社会問題を解決する」ということを自分もやってみたいと思っていました。

SFCは「問題発見・問題解決」を掲げているけど、僕は素直に「社会問題に興味がある、自分が解決したい」と主張するのが、恥ずかしかったんです。なので、社会問題に向き合うことがなかなかできませんでした。でも、卒業研究をする時期になって、改めて「なんでSFC入ったんだろう」と振り返った時に、社会問題とか、そういうことを考えたり、解決する方法を見つけたかったんだと気づいて。それなら、自分の生活に一番身近な問題だと思っていた、「路上生活者」のことについて考えてみようと思いました。

僕は、東京都中野区で生まれ育ったんですけど、小さい頃は公園巡りをするのが日課で、常に公園で遊んでいました。大きい都市公園に行くと、そこに「住んでいる人」がいるわけです。幼子心に「なんで周りにたくさん家があるのに、人が外に住んでいるんだろう」と思って。それが自分にとって一番身近な社会問題になりました。

卒業研究では、路上で生活する人がどのような要因で路上生活を続けているのか、望んで路上にいるのか、それとも出たいけれど制度や何等かの規制があるために抜け出せないのか、路上生活をしている人たちにインタビューをして、まとめました。卒業研究としては、解決策を提示するところまではできなかったんですが、もう少し踏み込んで、社会問題や解決について考えたいと思って、大学院を目指しました。

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神石高原町で、コミュニティを体感する

僕が「地域おこし研究員」として神石高原町へ行くということは、突飛な事だと思われるかもしれません。でも、実は学部の講義で、神石高原町に拠点を置く、国際的に紛争や災害、貧困支援を行う認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパン代表の大西健丞さんの話を聞く機会があったときから気になっていた地域でした。講義の後に少し話をしたら「挑戦しに来てみたらどうか」と言ってくださったのですが、そのときは残念ながら行くことはできませんでした。でも、ずっと神石高原町に興味を持っていました。それが「地域おこし研究員」の制度ができて、神石高原町でプロジェクトができるかもしれないチャンスが見えてきたんです。僕はコミュニティの構造や成り立ちに興味を持っているのに、生まれ育った東京では、隣の人の顔も知らないし、地域のお祭りに参加したこともない。そもそも近所づきあいやコミュニティということを体感的に知らないということが気になっていました。社会問題と言いつつ、僕はわからないことをしようとしているんじゃないか、という思いもありました。なので、古くから続く集落も多い神石高原町に行きたいと強く思いました。

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「地域おこし研究員」に応募する前に4回、計30日間ほど、神石高原町へフィールドワークに行きました。その時、通りを歩いている方にインタビューしていたら、その週末に、その方の集落の草刈りを手伝うことになって、草刈りが終わったら夏祭りに参加して、気が付いたら宴会でお酒飲ませてくれて・・・・。人から人へつながって、自然とコミュニティの中に入っていく、こういうことが近所づきあいだったりするのかなと実感しました。その後もあちこち周ってみると、代々の土地に大事に住まわれている方や、一方で移住して新しい事業に取り組む方など、多様な価値観を持った人たちが、さまざまな挑戦をされていることも知りました。歴史を重んじながらも、多様な価値観を受け入れる地域性があるのではないかと感じたんです。

「挑戦のまち」で、人と人のつながりをつくりたい

神石高原町で、僕も新しいチャレンジをしたいと考えています。例えば最新の技術を使って「まちの人々つなぐこと」、さらにその技術をまちの活性化につなげるといったことです。具体的にはドローンのセンサーや解析技術を組み合わせて、農業や林業、建設業などの活性化にも貢献できる実践を考えています。神石高原町では、日本の多くの自治体が抱える少子高齢化の状況や、町の担い手不足、人口減少などいった問題を抱えています。ドローンは一つのツールですが、そのツールを地域課題の解決に活用することを、地域のみなさんと一緒に学び、考え、実践する。そういった「学びの場」をつくることで神石高原町のコミュニティのつながりをさらに強める一つのきっかけにしたいと考えています。

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問題解決は一人ではできない

社会イノベータコースに所属したのは、「問題解決」というところにフォーカスして学習したかったからです。学部生の時と大きく違っていたのは、少人数で自分のプロジェクトをベースにして講義が進んでいくということでした。とても新鮮でした。これまでは、何か解決したい問題に対して、一人で解決策を考えていくのが社会起業家だと思っていたんですが、少人数で学んだ知識や手法を自分のプロジェクトに落とし込んで議論することを繰り返す過程は、解決策を導くというよりは、解決するためのチーム自体を作っていくという感覚があって。実社会でも、問題に直面した時にチームで解決していくことが大事なんじゃないのか、ということがやっとわかってきました。最初、他のメンバーのプロジェクトの話を聞いても、自分のテーマとは全然関係ないなと思っていたんですが、半年くらい経ってみると、あの時聞いていたことが役立つことがあったり・・・・。一緒に考え、議論するということができて、本当に良かったと思います。

最初の一人として、耕す人になる

限られた期間で、よそ者である僕ができることは限られています。一番大切なことは、この限られた時間の中で、できるだけ多くの人とのつながりをつくって、人やアイデアを神石高原に持ち込んで実装することだと思うんです。そしてもう一つの役目は、研究と実践をすると同時に、地域おこし研究員の最初のひとりとして、研究フィールドを作ったり、人のつながりをつくるとか、そういった「土を耕す」ことをしっかりやっていきたいと思います。後に続く人が、また新たなチャレンジができるように、渡せるバトンを作りたい。そのために、一緒に活動できる仲間を増やしながら、小さくてもその先につながる仕組みをつくる、そんな1年半にしたいと思います。

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(2017.10.23)

研究資料

参考