Researcher

「通い神楽」で、地域で受け継がれた伝統を守りたい

吉田 真彦(よしだ まさひこ)

岩手県大迫町(花巻市)出身。2004年3月東北大学経済学部卒業。大学では医療経済や行政評価について研究した。2004年4月花巻市役所に入庁。役場では、固定資産税賦課、友好都市・姉妹都市交流、雇用支援、ふるさと納税業務、移住・定住推進、6次産業化支援等を経験。花巻市を代表する伝統芸能である「早池峰大償神楽」(ユネスコ世界無形文化遺産登録)の継承者として、市内外・海外で活動する。2018年8月花巻市地域おこし研究所の設立に伴い、研究員に就任。2019年4月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程入学。

2018年8月 花巻市地域おこし研究所 研究員 就任
2019年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
地域おこし研究員 就任(第8号)
三代目の「継承者」

大償(おおつぐない)神楽は、花巻市大迫(おおはさま)町の大償地区に伝承される神楽で、ユネスコ世界無形文化遺産にも登録されています。大償集落に住む住民が代々継承し、歴史を辿るともう500年以上続いています。私の実家では、自分が知る限り祖父から始まり、父が二代目ということですから、私で三代目になります。

私が初めて神楽に触れたのは、小学校3年生くらいの時です。ある日、父親に突然「行くぞ」と言われて(現在の)師匠の家に連れていかれて。座敷で扇と鈴が付いた木を渡されて、「こうやってみろ」と・・・。神楽を始めた小学生の時は、大償集落とその周辺の集落の子どもたち6、7人くらいで舞っていましたが、中学生になると4人ほどになっていました。私も高校に進学してからは電車通学ということもあって、朝6時に家を出て、部活をしてから夜20時に帰宅、そこから宿題をという毎日になりました。そして大学進学で仙台に住むことになり、高校時代を含めて、7年間は全く神楽に触れない生活を送っていたんです。

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思春期特有の親への反発・・・というわけではありません。私は大償神楽の伝承者ですが、家族からは、神楽を「絶対にやれよ」とは言われませんでした。「やりたかったら戻ってくればいい」という程度で、強制されたことはなかったんです。では、なぜ7年間も神楽をやらなかったのか。それには自分なりの考えがありました。

7年間の時間が欲しい

身体的には、中学・高校・大学生の時期だとよく動くのでしょうけど、神楽を舞うことを優先すれば、神楽の存続が危うくなった時はどうするのか・・・という思いがぼんやりありました。父も働きながら神楽を舞っていたので、まずは仕事をしながらでないと神楽を続けられないだろう、と考えていたんです。同時に、公務員であれば地元で働きながら、神楽を続けられる、一番いい選択だろうとも考えていました。大学でちゃんと勉強して、公務員試験も一度で突破したい。両親には、そうした気持ちは特に伝えることなく、大学進学したい、ということだけを伝えていました。勉強できる最も良い環境として選ぶことができ、両親からの仕送りもぎりぎりもらえる仙台で、4年間大学に通いました。

結局、自分の中には神楽のリズムと舞があるんです。想定していた通りにならなくても、いずれ就職するために岩手には戻るつもりでした。それは大迫というまちが好きだからということもあるし、根っこに神楽があったからだと思います。無事に花巻市役所の就職が決まったのが大学4年生の12月。あとはゼミと卒業研究を仕上げるのみ、という段階で大迫に帰り、大償神楽保存会に行って「(神楽を)やらせてください」と改めて頭を下げに行きました。

身体が神楽を覚えていた

小学生の時に舞っていた「こども神楽」と大人たちが舞う神楽は全く別物です。こども神楽は、舞の順番を覚えて最後まで舞えればある程度OKといったところがあって。お客さんもそれを理解しています。それに対して、保存会に所属して神楽を舞うということは「興行」も多くあります。謝金もいただきますし、舞を依頼してくださった人たちが満足する興行をしなければなりません。舞いだけでなく、心構えも全く異なります。

神楽を再開した当時は大丈夫かな・・・と不安でしたが、いざやってみると、不思議なもので、7年間それらしい動きはしていないのに身体が覚えていました。小学生の時は、週1回、1時間程度の練習だったにも関わらず、です。蓄積があるものを直していくような感覚でした。

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吉田がやる意味があること

2018年7月の慶應義塾大学SFC研究所と花巻市役所が連携協定を締結し、8月には、花巻市役所に「花巻市地域おこし研究所」が設立されました。花巻市職員が実践者となり、地域に資するプロジェクトを開発・研究していくという趣旨です。当時、研究所が設立したことは知っていましたが、上司に「やってみないか」と言われて・・・。まさか自分が研究所の一員になり、大学院に挑戦することになるとは思ってもいませんでした。

最初は面食らいましたね。職場でもプロジェクトをつくって動かしていくという経験はありましたが、それは職員が何人か集まって、特定の成果をあげることを目指してやっていくものでした。ですが、花巻市地域おこし研究所の研究員それぞれが、自分のプロジェクトをつくっているので、それぞれがプロジェクトリーダーとなり、さらに地域内外の人との関わりながら進めていかなければならない。自分にとってはまったく経験がないところから始まりました。はじめは、6次産業化に関する花巻の産業と連携したプロジェクトを考えていましたが、きっといつか息詰まってしまうだろうとも思いました。「吉田がやる意味があること」は何かと考えると、やはり神楽です。事実、後継者不足という、わかりやすい課題があったので、神楽の後継者問題で考えてみようと決めました。

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「通い神楽」という、関係人口戦略

大償神楽は、第2次世界大戦で男子が戦地に向かい、終戦後に戻ってきましたが、皆が再び神楽を舞ったわけではありませんでした。その後まちの都市化が進むと、民俗芸能を続けるという意識はますます低くなり、一時は、集落の女性の人たちに頼んで舞ってもらった時期もあったと聞いています。こうした厳しい時代でも、先輩たちがなんとか地元を引っ張ってきて、今があります。ただ、それは地域に人びとがいたからこそできたこと。今後、人が減っていくとそれすらできなくなります。

そこで、私が大学院で実践しようと考えているのが、集落外に住む人を民俗芸能の演者として育成する「通い神楽」モデルの構築です。現在、大償神楽保存で活動しているのは18人程です。一番最年長で89歳。まだ太鼓はたたきますし、舞も舞っています。そして最年少は24歳です。若手もいるじゃないか、と思われるかもしれませんが、実は体力があって芸のバランスが最も良いとされる40代がいません。30代の私と次の演者との間で1世代空いてるんです。しかも年間40回、50回にもなる興行において、神楽の質を担保するにはぎりぎりの人数で、一人抜けると他の人にかかる負担は甚大です。こうした中で、もし在住地を問わずに民俗芸能に興味のある者が演者になることができれば、演者不足の解消に役立つのでは、と考えました。ただし、そのためには、この人たちが持続的に集落に通える「しくみ」が必要です。

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そして、花巻市の職員としては、「民俗芸能」という魅力あふれる存在を人口戦略としてどう考えていけるのか、という視点も持ってこのモデルをとらえています。現在、多くの自治体で、民俗芸能の維持保孫や後継者育成などの政策が行われていますが、文化財の保存や、観光イベントで神楽を呼びましょう、といった既存の施策に乗せたものが多いのが現状です。「通い神楽」モデルのように、「演者になる=関係人口化する」ことだと捉えていけば、イベントの一つのプログラムから移住定住の一端を担える施策になるのではないかと考えています。

共に議論する仲間

SFCに入学してから春学期の約4か月間、同期の地域おこし研究員の2人とシェアハウスで生活していました。一言でいうと「楽しかった」。もし、一人で生活することになっていたら友達は作らなかっただろうと思います。シェアハウスで半ば強制的に知り合いができ、共に生活できたのは、生活面でも勉強面でも良かったなと思います。SFCで出される課題の良いところは、「唯一解」がないところ。だから、お互いの考えを共有し、議論することができます。年齢も違うし、活動する地域も違う、そして研究テーマもそれぞれ違うので、「自分はこう思った」というのを聞くだけでも勉強になる。Aという問題の答えがBしかなければ、答えを言うことはしませんよね。日々の課題の多さには参りましたが、こうした時間を共有しながら課題に取り組むのは楽しかったです。もちろん、お酒飲んだり、ごはんを食べに行ったりもしました。

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研究を通じて、伝統を守りたい

実は、春学期期間中に週1で、三田キャンパスのメディアセンターに通っていました。膨大なデータベースから文献を探し、それを読めるということはなんて贅沢なことかと実感しています。研究に関わる民俗学の文献もたくさん読むことができました。そして、この9月から「通い神楽」モデルの実証実験がはじまりました。「神楽を舞う」ことを通じて、「花巻へ行き来するしくみ」どのようにして作り上げていくか。実験に参加してくださる方々や協力してくれる大償神楽保存会のメンバーとも議論しながら、進めていきたいです。これは、私がライフワークとして続けていくためだけの研究ではありません。花巻市は、大償神楽だけでなく、他にも民俗芸能があります。また、全国でも約2万の民俗芸能があると言われており、皆同じように演者不足で葛藤しているはずです。この研究成果を発信していくことで、地域の人たちが大切に守ってきた伝統を残す手助けになるんじゃないかと思っています。自分が考えたものが岩手県内でも、そして全国で活用できるモデルになるよう、2年かけて創り上げていきたいです。

(2019.10.07)

研究資料

参考