Researcher

地域の内と外の人が、気持ちよく関わり続けるしくみをつくる

伊藤 薫(いとう かおる)

三重県いなべ市出身。2020年3月島根大学 法文学部 法経学科 卒業。学部時代は情報経済を専攻し、地方におけるシェアリングエコノミーについて研究した。大学では地域活性化サークルに所属。代表を務め、邑南町をはじめ県内各地の地域づくり活動へ参加した。その過程で定住せずとも繰り返し地域に訪れるリピーターを創出するための「人の関わり方を設計する」ことに関心を持つ。2020年4月慶應義塾大学大学院政策メディア・研究科修士課程に入学。島根県邑南町の地域おこし研究員に就任。

2020年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
2020年4月 邑南町 地域おこし研究員 就任(第12号)
2022年3月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了
大学生になったら、福祉ボランティアをやろう

三重県のいなべ市で育ちました。と言っても、両親は三重県出身ではなく、仕事の都合で家族でいなべ市に引っ越して、今に至ります。今でこそ、僕は地域の人たちと一緒になって何かする、ということをあたり前にやっていますが、もともと地域活性やまちづくりに興味を持っていたわけではありません。高校に入学した頃から、「大学生になったら、福祉のボランティアに関係することをやろう」と思っていました。それは妹の存在があったからです。

僕には、障がいを持つ妹がいます。両親は僕らが小さい頃から、地域で行われる福祉関連のイベントによく参加しており、僕も興味を持っていました。ただ、思春期の真っただ中で、周りの反応やそれに対する葛藤から苦手意識を持っていました。このままじゃ良くないなと思う一方、なかなか踏み出せないでいたんです。なので、大学に入ったら福祉ボランティアをやるんだと決めていました。

自分のしがらみを取っ払って、地域の人と関わる

大学は島根大学に進学しました。実は島根大学の受験を決めたのはセンター試験が終わってから。島根県に住んで大学に通うというイメージもないまま、大学生活が始まりました。入学してからも、しばらくは授業の雰囲気に慣れず、「友達をつくって大学生活を楽しもう」という気持ちにはなれませんでした。その代わり、予定通り大学の外で福祉ボランティアをはじめました。医療や障がい者福祉のボランティアに参加したのですが、なかなか苦手意識が消えなくて。このまま続けるのは不誠実なのではないか、と思うようになりました。そんな時、知り合いの先輩に誘われて島根大学の地域ボランティアサークル(島大Spirits!)に参加することになったんです。

サークルでは、人手不足で困っていることを手伝ったり、地域の課題解決のために地域の人と知恵を出したりしながら一緒に活動することが求められました。楽しいことばかりではなく、面倒だし、楽しくない活動もたくさんありました。ですが、参加しはじめから、地域に携わることや学外で大人と関わっていくことの楽しさを知りました。三重県から、縁もゆかりもない島根県に来た僕が、それまでの不安や葛藤を取っ払って、自由に好きなことができることをこのサークルで経験したんです。この経験から、後輩たちにも地域に興味が無くても、僕のような何かのしがらみを取っ払って、地域の人と関われる機会をつくれたらいいなと思うようになりました。

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誰のため、何のための活動なのか

邑南町に関わるようになったのは、サークル活動を通じて邑南町出身の方と知り合ったことがきっかけです。大学一年生の時に、その方から邑南町のイベントも手伝ってくれないか・・・という話をいただき、さっそく町唯一の駅(旧JR三江線 宇都井駅)をライトアップするイベントを手伝うことになりました。ですが、最初の年はなかなか楽しんで活動することができなかったんです。当時、島根県のことをほとんど知らなかった僕は「誰のための、何のための活動なのか」分からず、単なる作業要員として現場の人に指示されて動くだけになってしまい、これでは今後継続して関わることができないと思いました。

次の年、大学2年生でサークルの代表になってからは、松江市のコーヒー屋さんと協力してオリジナルメニューを作って販売したり、デザイン会社と一緒にオリジナルグッズを開発して活動資金をつくりました。初年度の「つまらない」と思った経験から、いろんな人やモノ、コトとのつながり方を模索しはじめ、駅を訪れるたくさんの鉄道ファンに向けたイベントを中心に、お祭りの準備や当日の販売など夢中でやりました。この過程で、これまで漠然と「地域の高齢者」と一括りにしていた人たち一人ひとりの名前と顔が分かるようになり、改めて地域の人たちと一緒に活動していくことの楽しみにも気づくことができました。

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もう少し、学生を続けよう

大学4年生になり、周りは就職活動をはじめていましたが、僕は就職するイメージが持てず前向きになれませんでした。そんな時に、慶應義塾大学と邑南町が提携を結び、地域おこし研究員という制度をはじめるらしいよ・・・、という話を聞いて。卒業論文研究では、地方でのシェアリングエコノミーについて研究をしていたので、もっと地域(邑南町)との関わりやこれまでの活動を活かした勉強がしたいと思っていたので、もう少し学生をやろうかなと思い始めました。共通の知り合いを通じて、2019年から鳥取県大山町の地域おこし研究員として研究している松浦生さんにも話を聞きました。地域で活動しながら実践的に学ぶことできるなんて、面白そうだなと思って。それで大学院を受験しようと決めました。

濃密さとフランクさと

今は、邑南町にある地域おこし協力隊の事務所兼シェアハウスに住み、そこで大学院の講義を受けたり、課題に取り組んだりしています。必要に応じて邑南町役場に出向き会議に出席したり、調査のために地域に出ていくこともあります。大学院には2020年4月に入学しましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で、春学期の授業は全てオンライン。入試の面接で一度だけキャンパスに行きましたが、それ以降、まだ一度もキャンパスには足を踏み入れていません。

授業はずっとオンラインですが、先生との距離は近いと感じています。大学院の授業スタイル(少人数で話し合って授業までに課題をまとめ、その内容を基に授業が進む)には、しばらくはしんどさも感じていました。でも、先生方や履修者とのやりとりに濃密さやフランクさがある分、疑問の解消も早く、上手くサイクルを回していけたように思います。研究を進める上での考え方を学ぶことができ、身についていく感覚、前に進んでいる感覚がありました。あと、オンラインだからこそですが、グルーワークを「仲の良い人同士」ではなく、色々な人と組んで講義時間以外でもオンラインで頻繁にディスカッションすることができたので、さまざまな考え方や意見に触れることができた点もよかったなと思っています。

ゼミにあたる「大学院プロジェクト」は、2年間この人たちと一緒にやっていくんだというのが唯一見えた時間だったので、共に学ぶ仲間を意識することができました。地域おこし研究員として各地で研究している先輩方もいるので、自分の辿るルートが分かったというのも良かったです。僕がこれまで関わってきた人は、地域と関わりのある人ばかりでしたが、授業やゼミではさまざまなバックグラウンドを持つ学生や先生方が集まっているので、自分の研究やこれまでの経験、そしてこれからやっていきたいことを改めて言語化する必要性を痛感しました。春学期の間で「これまでやってきたこと」を整理し、「これからやっていきたいこと」の方向性を見つめ直すことができたのは、良い機会だったと思います。

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地域外から来る人と受け入れる地域がうまくやっていくには

僕の研究は、地域外から訪れた人が、単なる旅行客や外部者のままで関わり続けるのではなく、「地域のアクター」の一員として関わることができる仕組み、関わり方の方法論を考えていくことです。これまで、「関係人口」と呼ばれる地域外から行き来する人たちは、個人的な動機で地域を訪れ、現場の活動や住民の方々との交流を経て地域への興味が湧き、継続的に活動するようになる、地域はやってきた人をただ受け入れるという流れがスタンダードでした。ですが受け入れる地域が、こうした地域人財になり得る人たちを流れのまま受け入れるのではなく、どう付き合っていけるのか、お互いにうまくやっていく方法、互いに気持ちよく関わるために多様な関わり方を考えていく必要があるのではないかと考えています。

地域に関わりたい、挑戦したい時に一緒に考えてくれる人がいる

邑南町は、地域のコトに関わりたいとか、何か挑戦したいと思った時に、たとえその場がなかったとしても、一緒に方法を考えてくれる人がいる地域ではないかと思っています。自分の持ち味を生かしながら、邑南町でやりたいことを実現するためにはどうすれば良いのか、一緒になって考えてくれる人が多いのが魅力です。

超高齢化が進み、新型コロナウイルスへの感染や自粛への意識が強い傾向はあります。一方で、自粛が続くことによってこれまで創り上げてきた人との関係性が止まることへの強い危機感も持っています。まずは一回来てもらう、というあたり前にできていたことが、今は出来ない。地域内の交流機会も減少する中で、どのように地域内外の人との関係を維持し、そして新しい関わり方を作っていくのか。そして、外から邑南町に関わってくれた人たちの「関わりたい欲」もひしひしと感じているので、そうした人たちの気持ちをどのようにつなぎとめていくかも、今後の課題になっていくだろうと思っています。

入試の研究計画を立てる段階では、自分のやりたいことを中心に考えていましたが、今は公益性や地域や社会の様子を踏まえた上で、求められていることや、その中で自分自身のやりたいことを見つけていかなければならないなと思っています。そして、せっかく入学したので、はやくキャンパスに行きたいです。先生方や同期、先輩方とも対面で会って、議論することができればと思います。

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(2020.09.28)

研究資料

参考