鹿児島県鹿児島市出身。2002年4月に鹿児島相互信用金庫に入庫。鹿児島市で営業担当、鹿児島県南種子町で融資担当を経験。2006年10月に本部営業企画部に配属され、金融商品の開発・販売や、地方創生支援や地域活性化の事業立案に従事。これまでに県内3自治体と連携した「奨学ローン制度」の開発、西之表市及び慶應義塾大学と連携した「地方創生コラボ免許合宿プログラム」などに取り組む。2018年3月に同金庫に設立された「そうしん地域おこし研究所」の研究員に就任。2020年4月に慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程入学。
● | 2018年3月 | 「そうしん地域おこし研究所」研究員 就任 |
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● | 2020年4月 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学 |
● | 2021年4月 | 地域おこし研究員 就任(第13号、鹿児島相互信用金庫) |
● | 2023年3月 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了 |
私は今、鹿児島相互信用金庫といういわゆる「信用金庫」に勤めつつ、地域おこし研究員として大学院で学んでいます。信用金庫とは、特定地域を主要な営業基盤とする「地域金融機関」であり、会員同士の相互扶助を目的とした協同組合組織の経営形態を採用する「協同組織金融機関」でもあります。特に鹿児島相互信用金庫は、地域の方から「そうしん」という愛称で親しまれ、信用金庫にしては珍しい、県内全域に営業網・営業店舗を配置する広域・全県型の信用金庫です。
そんな、信用金庫に勤務する私が、「地域おこし研究員」となったきっかけは鹿児島県長島町において構築した「ぶり奨学プログラム」の実装に向けた一連の活動でした。鹿児島県長島町は、九州本土、鹿児島県とは橋でつながった離島です。同町は出生率が全国平均を上回っているのですが高校がないため、高校進学時に島外に進学してしまう若者が多く、高校進学時のタイミングで人口の社会減が大きくなり、総体として人口減少が進んでいます。そのため、島外に出てしまった若者が地元に戻ってくる仕組みとして、大学を卒業または就職して一定の経験を積んでから地元に戻ってくると、返済を免除する奨学金制度を作るプロジェクトが計画されることになりました。その場に、長島町および長島町商工会、慶應義塾大学SFC研究所、様々な地域のプレーヤーに加えて私ども鹿児島相互信用金庫も招かれ、当時金融商品の開発担当だった私も、制度設計に携わりました。
(2013年11月24日 南日本新聞 経済面)
一般的に、1つの自治体の利用者のためだけに、地域金融機関が専用の金融商品を作ることはあまり例がないと思います。こんなことができたのも、長島町に出店している地域金融機関が私ども鹿児島相互信用金庫だけであったということと、なによりも私たちが「協同組織金融機関」だから、ということだと思っています。先に述べたように、信用金庫は協同組織金融機関です。そのため、信用金庫は、協同組合と同じく会員の皆さまに出資をいただき、相互扶助の仕組みにより、会員の皆さまの特に金融面のお手伝いをするという使命があります。そして信用金庫の会員となっていただくためには、「会員資格」というものがあり、「信用金庫の定款で定められた地域に住み・働き・経営を行う中小企業者または個人であること」が信用金庫法という法律で定められています。つまり、地域と信用金庫は切っても切り離せない関係にあり、地域が衰退すると信用金庫もその存在意義や活動基盤を失うことにつながります。
それを端的に表す言葉が、当時の理事長が述べた「信用金庫は、地域と運命共同体。信用金庫にできることは全力で取り組み、地域のためにお手伝いするのが使命です」という言葉です。この言葉は、長島町長と副町長が、私どもの本社を訪れて「ぶり奨学プログラム」を一緒に作っていきましょうというお話をいただいた時に理事長が述べたものなのですが、信用金庫の一面を表す言葉として私の心に深く刻まれました。そこから、信用金庫ができる地域での役割とは何か。金融機関であり、かつ協同組合組織だからこそできる、本当の信用金庫の業務とは・・・ということを、折に触れて考えるようになりました。
「ぶり奨学プログラム」という先進的な取り組みに関与したことをきっかけに、慶應義塾大学の玉村教授との関りが生まれました。おりしも、当時の理事長も、信用金庫が主体的にかかわることができた「ぶり奨学プログラム」という、いわば産官学金労言が連携して生み出した、新しい地域創生の取り組み・プロジェクトを鹿児島から全国へ発信したいと考えており、慶應義塾大学SFC研究所社会イノベーション・ラボと連携して鹿児島相互信用金庫内の研究機関として「そうしん地域おこし研究所」を創設することとなりました。当研究所は、「地域と共創する『そうしんCSV* 経営』の追求」をテーマとしています。
* CSV(Creating Shared Value):共有価値の創造と言われ、「経済価値を創造しながら、社会ニーズに対応することで、社会価値を創造する」という発想で、経営戦略として実施するものです。
具体的には、当金庫が持っている、店舗や営業担当者の外報活動、県内各地のお取引先様のネットワークやホームページなど様々な機能を地域社会に提供することで地域の困りごとの解決に挑戦し、地域・お客様・信用金庫が持続的に価値を共創し続ける仕組み「そうしんCSV経営」を追求するための研究を行うこととしています。私は、「信用金庫らしい地域と一体となった先進的な取り組みを研究し、創発する。それを地域実装していくための仕組みであり、共創しつつ共有価値を作っていきましょう。会員・地域・鹿児島相互信用金庫でCSVを作っていきましょう」という研究所だと思っています。そんな「そうしん地域おこし研究所」においては、様々なプロジェクトの実装が生まれました。例えば、鹿児島県西之表市、西之表市の自動車学校「種子島自動車学校」様、慶應義塾大学の学生と連携して生み出した「地域創生コラボ免許合宿プログラム」や、今やSDGsの取り組みで有名な鹿児島県大崎町と連携した「リサイクル未来創生奨学プログラム」、鹿児島県錦江町と連携して行った、小学生向けの「SDGsワークショップ」等です。
このような活動は、金融機関のいわゆる「本業」と言われる、「預金・融資・為替」という三大業務とは全く異なる分野に存在しています。実際、直接的に収益を生み出すことができる領域ではありません。活動としては、今までの職歴の中でも取り組んだことのない非常に面白い活動ではあるものの、本当に信用金庫のためになっているんだろうか、と悩むこともありました。ただ、そうしん地域おこし研究所の活動を続けるなかで、地域のために取り組んできたことの意義・やりがいを感じたこと。そして前述したように、私どもの理事長の「信用金庫と地域は運命共同体である」という言葉。そして金融機関としての「本業」。そうしん地域おこし研究所の業務に従事するなかで、これらを考え続けていくうちに、『地域でWin-Winの関係を作るとか、会員の方々と地域と当金庫の三者で共通価値を創造していくことこそが信用金庫にとっての「本業」であり、その土台があってこそ、会員の方々が預金を預けていただく、融資をお借りいただくということが付いてくるのではないか』と思うようになりました。
もちろんこれは私個人の考え方です。しかし、昨今ではFintechが進み、金融機関以上に便利なシステムが提供されるようになっているのも事実です。周りの若い人たちに聞いても、金融機関の窓口など行ったことがない・行く必要もないと言われます。このような環境の中、地方銀行やネット銀行、その他の金融機関と同じ土俵で戦っていては、信用金庫が信用金庫である意義はないのではないかと考えていますし、信用金庫にしかできないことがないと、お客様から金融取引の相手方としてみてもらえなくなるのではないかという危機感があります。
自分自身の考えを、金融機関は預金を集め、融資をお借りいただき、その利鞘で稼ぐのが本業であり、それ以外は「CSR(企業の社会的責任)」だと思っている人にどのように伝えるべきかを悩むようになって、初めて自分も大学院で研究していきたいと思うようになりました。
これまで述べてきたような課題感を考え続けた結果、私は「協同組織金融機関の相互扶助性を活かした地域と取引先の関係構築のための支援モデルの開発」というテーマをもって大学院に進学し、研究を進めることとなりました。協同組合とは、相互扶助の仕組みです。相互扶助性を有している協同組織金融機関だからこそできる仕組みを研究することは、協同組織金融機関が取り組むべき「本業」を考える研究だと考えています。そう考えるようになったきっかけは、先述までのとおりですが、私がこれまで、鹿児島相互信用金庫で働いてくるなかでの経験も多分に含まれています。
私は、2002年に会社に入って、最初の2年間営業担当をしてきました。その後、JAXAのロケット打上げ基地のある鹿児島県南種子町にある「南種子支店」に異動して融資担当として1年半業務に従事しました。融資担当者として、最初にご融資させていただいたのが、飲食店の創業資金でした。お父さんのお店を継いで飲食店をやるために町外から戻ってきた方のため、融資をお借りいただけるように、客席数や回転率、平均客単価がいくらで、平均月商から考えて返済が可能か・・・という創業計画書をお客様と一緒に作りあげました。その結果、融資審査が認められた結果ご融資することになり、お客様も居酒屋を開店されることとなりました。その後、本部へ異動することとなったのですが、異動後に業務の一環で、鹿児島県南種子町に再訪する機会がありました。すると、当時ご融資させていただいたお客様が閉店しておられていたんです。それが凄くショックというか、考えさせられる経験でした。そのような経験が、協同組織金融機関のあり方とは何だろうという疑問と結びついた時に、大学院での研究テーマが見えてきたんだと思います。
量的緩和が超長期にわたって続く昨今、金融機関を取り巻く環境は非常に厳しいものがあります。また、ICTの発展等により金融機関に代替する、そしてお客様にとって利便性の高いサービスも台頭してきています。さらに新卒の方々にとって金融機関に対して「ノルマがある」とか「企業風土が固い・古い」といった負のイメージから、就職先としての人気がなくなってきているとも言われています。ただ金融機関って、本当はもっと魅力的で可能性を秘めた業種なのです。お客様のために考え、行動し、その結果「ありがとう」という感謝の言葉をいただくことができる。そして、金融という力と信用力により、お客様だけではなく地域のためにも大きく貢献することができます。これは、金融機関が持つ大きな魅力だと思います。そして協同組織金融機関が地域で育んでいるコミュニティとか相互扶助の力で、より多くの人や会社を巻き込んで単体ではできないことを成し遂げるポテンシャルがあると感じています。
私は、自身の研究を通じて、このようなポテンシャルを明らかにするとともに、協同組織金融機関だからこそできる仕組みの構築を通じて、これまで私にたくさんのチャンスを与えてくれた鹿児島相互信用金庫と、鹿児島相互信用金庫を支えてくださる地域の皆さまのために活かしていきたいと思います。