岩手県花巻市出身。2008年埼玉大学教養学部卒業。都内の不動産会社と花巻市内の団体の臨時職員を経て、2012年4月から花巻市役所にて勤務。産業関係と福祉関係部署を経て、現在は移住定住やシティプロモーション関係の部署に所属。2018年8月に設立された花巻市地域おこし研究所の研究員として2020年12月より活動し、2021年9月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程入学。
● | 2020年12月 | 花巻市地域おこし研究員 就任 |
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● | 2021年9月 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学 |
● | 2021年9月 | 地域おこし研究員 就任(第18号、花巻市) |
● | 2024年3月 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了 |
私は、もともと花巻市出身でしたが、首都圏の大学を卒業した後は、東京都内の不動産会社に営業職として就職しました。営業という仕事は、自分がとった選択や活動の成果が数字となって目に見えて現れてくる点が面白く、自分の肌に合ってはいましたが、1年、2年と続けるうちに、「今のままでいいのだろうか」という迷いが少しずつ生じてきました。
そんな時期に、パートナーから大学時代に「世界一周旅行をしたい」と言われていたことをふと思い出す機会がありました。自分を見つめなおすために良い機会だと思い、思い切って前述の企業を退職。2010年5月から、新婚旅行として世界一周の旅に出ました。とはいえ、戻ったら仕事を探さなければなりません。
ちょうど旅の終わりのころ、南米アルゼンチンにいたときでした。旅先で、妻と戻ってからの生活について話をしているときに、東日本大震災が起きてしまいました。震災は、とても多くの方に大きな衝撃を与えた災害でしたが、私は、震災で故郷の大切さに気付かされました。「故郷でできることはないだろうか。地域に戻って、微力かもしれないが、地域のために活動できるような仕事は何があるだろう?」残りわずかとなった旅の間も悩み続けた結果、私は自治体の可能性を信じ、花巻市役所を選択しました。幸い妻も私の選択を尊重してくれて、首都圏を離れ、花巻市にUターンすることを決断しました。
就職して最初の活動は、商工労政関係のセクションでの仕事です。主に製造業の支援や企業誘致、雇用政策に携わりました。次いで福祉関係の部署へ異動となり、市民の皆様が安心・安全に暮らせる仕組みに携わってきました。まさに、Uターン前に考えていたような、故郷である花巻市や市民の方々のための業務に従事しているという充実感がありました。一方で、前のキャリアである営業職の経験を活かした仕事や、自分の活動と成果が直結するような仕事・業務にも取り組んでみたいと思うようになりました。
そんな時期に、花巻市役所内に設けられた「花巻市地域おこし研究所」が班員を募集していました。研究所での活動を調べてみると、自分の興味のある領域において、地域課題に対してチャレンジングな取り組みができそうな組織であることがわかり、立候補しました。最終的には、市役所内での選考を経て、同研究所の班員として活動することが決定し、現所属部署である「定住推進課」に異動し、現在は、通常業務と研究活動に従事しています。
私が現在所属している「花巻市地域おこし研究所」は、花巻市の「未来に資する人材を育成する仕組みをつくり、継続的に地域課題の解決を図る」ため、市が設置した庁内プロジェクトチームです。同研究所では、慶應義塾大学SFC研究所社会イノベーション・ラボと協力しつつ、花巻市職員が通常業務に従事しつつ、自分の課題感に基づいた研究テーマを設定しています。
これまで2期、累計7名の班員が所属していて、それぞれが地域課題解決や地域資源の活用をテーマに各自研究を進めています。また班員のうち約半分は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科に進学し、大学院生として同研究科からの助言と指導を受ける「地域おこし研究員」として活動してきました。1期生の先輩方を例にすると、「地域コミュニティにおける自発的協力関係を促す趣味サークル活動プロセスの研究」や「集落の⺠俗芸能における集落外の演者を確保する「通い神楽モデル」の構築」などの研究を行っています。また研究所では、年に1回、市民向けの活動報告会を行っており、また地元の大学にも地域活性化の講師として派遣されています。
今年度、「花巻市地域おこし研究所」の3期生の班員が活動を開始し、若い世代から中堅・ベテランクラスの職員が各々の興味関心のある領域において研究活動を行っています。市の職員の中でも年代関係なく、地域の課題を自分ごととして考える人が増えてきている証拠であると感じており、研究所の活動もその一助になっているのではないかと考えています。
私が現在所属している定住推進課では、私が研究の舞台にしている「ふるさと納税」の推進や、シティプロモーション活動、地域おこし協力隊の募集や活動支援などです。特にこの「ふるさと納税」という分野の面白いところは、マーケティングやプロモーション、市役所の担当者による渉外活動等といった、マニュアルのない領域での実践であるという点だと思います。また、ふるさと納税による納税額と自治体の人口規模はあまり関係ないと思っていて、人口1万人未満でも納税額全国トップ10に入る自治体もあります。つまり、ふるさと納税の推進において自治体として大事なことは、魅力的なふるさと納税の返礼品の開発や発信、関係人口づくりにつながるストーリーをどう発掘するか、また事業者の活動を自治体としてどのように支援していくかが重要であると思っています。
アイデアや取り組み次第で結果が変わり、うまくいけば納税額が増え、逆もまた然りです。たとえ思ったとおりの効果が表れなかったとしても、その経験を活かしてまた新しいチャレンジができる点も魅力的です。
自らの手で、地域に貢献できる仕組みを作りたいという想いから、研究テーマ「地域の事業者連携によるふるさと納税返礼品開発の評価指標の開発」を設定しました。
ふるさと納税には、ふるさと納税という市場における競合や返礼品の商品開発を通じた事業者育成効果があると言われています。このような返礼品の商品開発に複数の事業者が連携して取り組むと、事業者育成効果の広がりが期待され、またそれ以外にも何らかの正の効果が生まれるのではないか、という発想が、私の研究テーマの出発点です。
単独の事業者へ補助金を交付する施策に対する評価の手法は、ある程度確立されています。一方で、複数の事業者連携によるそれは十分ではありません。事業者連携により商品開発が成功する要因を検証し、また施策の評価指標を確立させることで、連携のインセンティブを事業者や自治体に提示できるようになります。これにより、事業者が自ら連携を組み、地域を巻き込んで商品開発を行うような経済活動が生まれることを期待しています。さらには、市の経済振興施策を、補助金支援を中心としたものから、事業者間の連携が成立する仕組み・パッケージの提供を行う施策へとシフトさせることができるのではないかと考えています。
結果として、補助金に過度に依存しない、事業者の自律的な活動や連携を生み出すような行政支援の手法を開発することができるのではないか。今は、このような期待感をもって、研究に取り組んでいるところです。
元々は、事業者連携=6次産業化と考えて研究に取り組んでいました。今は、大学院の先生方やゼミの仲間たちとの議論を経て、事業者連携を考えるうえで大事な要素は「6次産業化が成立するか」ではなく、市民や関係機関、さらには地域外の方々や学生など、地域内・外における複数の主体が、各々が持つ資源を共有しあいながら事業を実施することの重要性に気づかせてもらいました。
このような気付きを得られたのも、大学院に進学し、学びを得たからこそだと考えています。大学院での学びは、単純に知見が広がるだけではありません。全国から集まる仲間や、専門領域の異なるプロフェッショナルな先生方それぞれが独自の視点を有しており、ものの見方や捉え方の多様性を改めて痛感しました。
自治体では定期的に異動があります。大学院での学びや気づきを、今後どう生かしていくかは、私自身の今後の配属次第ですが、逆に、何をどう生かすかを考えることが楽しみでもあります。 自分の長所や短所を考えるきっかけにもなったことを含め、「花巻市地域おこし研究所」と慶應義塾大学の「地域おこし研究員制度」に本当に感謝しています。
今は、少しでも多くの花巻市役所の職員が、花巻市地域おこし研究所に参加してほしいですし、できれば「地域おこし研究員制度」を活用することで、知見や考え方を広げてほしいと感じています。
大学院での学びは、私自身の視点の広がりにとどまらず、実践に活かせる知識の習得にもつながっています。特に「ソーシャルファイナンス」という授業では、ふるさと納税を含めた社会問題解決のための新たな資金調達手法について学ぶのですが、これらの授業で得られた知見を用いた施策を、課内で提言することができました。
その他の授業などを通じた自治体の方々と接点も増え、自身の研究に必要なインタビューをお願いすることはもちろんのこと、ふるさと納税・シティプロモーションといった私が所属する組織の業務に関する意見交換もできるようになりました。
今後は、研究で得られたことや成果を、仕事に、地域に還元していく必要があると痛感しています。本研究では、先述のような効果が発生することを仮説として設定していますが、ほかにも関係人口の広がりにも結び付くのではないかと期待しています。そもそも私の考える事業者連携は、事業者だけで構築された閉じたネットワークではなく、地域に関わる人々が、薄く広く数多くつながる蜘蛛の巣状のネットワークを構築し、それが外に広がっていくことを期待するものであり、広がりが地域外にまで及ぶことで関係人口になっていくと思っています。
花巻市地域おこし研究所では、地域課題に関心を持ち解決に取り組む市役所職員が、少しずつ増えてきました。私自身もその一人です。このように、地域課題に関心を持ち、その解決に取り組む研究所の班員の活動が、他の市役所職員の目に留まり、また関心を持つ職員を増やす。
そして職員の、そして研究所の活動を見て、市民の方々が市政に興味を持ち、声を上げ、自分たちが動くことでいろいろなことができる、変わることができるんだということを知り、市民自身が活動していく。そんな連鎖が生まれると、もっと花巻市は良くなっていくと思っています。
私自身も2児の父です。子供たちは、これから花巻市で育ち、大きくなっていくことになります。今は業務や大学院での学びもあり、あまり遊んであげられていませんが、できるだけたくさん遊んであげたいと思いますし、それ以上に私自身が、父親として世の中を変えていく、変化を継続させることにこれからもっとチャレンジして、子供たちの代には、課題が多くて暗い街よりも、明るく過ごしやすい街にできるようにしたいと思います。