東京都町田市出身。2022年3月東京農業大学農学部農学科卒業。学部時代は、作物の「栽培」から「加工」「流通」「農業経営」に至るまで多岐にわたり、座学、実学を通して学んだ。その他にも、東北から九州にわたり、全国30箇所を超える農家や農業法人、農福連携を行う一般財団法人などの農業経営組織を訪れ、実習を行った。その過程で、農業による地域活性化に関心を持ち、地域の若者が、生産者や農業等に関する専門的な知識を持った大学生など地域内外の様々な方々と関わり合いながら、地域農業について実践を通して学べるコミュニティづくりの実践を構想。2022年4月慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程に入学。同年、鳥取県大山町の地域おこし研究員に就任。
● | 2022年4月 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学 |
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● | 2022年4月 | 地域おこし研究員 就任(第19号、大山町) |
● | 2024年3月 | 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了 |
私は鳥取県大山町で、中学生と大学生が農業の生産から加工や販売までを実践する「アグリ起業部」というプログラムを実践しながら研究を行っています。
はじめて農業に興味を持ったのは、小学2,3年生のころでした。使われていない祖母の畑があり、自分で何か育ててみたいと思ってジャガイモを育ててみたのが農業との出会いです。植物を育てるの楽しいなと思ったことを今でも覚えています。それ以来飽きることなく、中高生になっても週末には母に車で畑まで送ってもらい、夕方まで農作業に没頭する日々を過ごしていました。
幼少期から農業に没頭
農業をより本格的に学びたいと思い東京農業大学に入学し、大学内の畑で花や果樹、野菜を育てるサークルに入りました。高校生まではほとんど一人で畑仕事をしていたのですが、楽しくおしゃべりしながら作業をしたり、収穫した野菜でピザをつくったり、みんなで農業をすることもすごく好きになって、将来自分が農業をするなら、色々な人と関わりながら楽しくやりたいと思いました。
サークル以外でも、全国各地の農家さんの元を訪れて実習をさせてもらいました。30か所以上行ったと思います。最初に行った熊本県の柑橘農家は、無農薬・減農薬で栽培していて、アゲハチョウの卵を手で落とす作業をしたりしながら、どういう経営をしているかも聞いたりして、農作業だけでなく農業という仕事そのものの経営的なあり方についても学びました。知らない地域に行って農業をすることや、その地域の人と触れ合うことが楽しかったので、大学のキャリアセンターで案内してもらったり、友だちに紹介してもらったりして、長いところでは2週間ほど滞在しながら、様々な農業を体験しました。
仕事としての農業を見るまでは、農作物を育ててJAに卸したり、消費者に直販したりするのが農業という漠然としたイメージでしたが、私が実習させてもらった農家さんは、農業に自身の得意を掛け合わせて活動していることに気づきました。一番印象的だったのは群馬県のこんにゃく農家で、アートやデザインが好きな奥さんが、商品のパッケージを作られていて、そうやって自身の得意を掛け合わせて農業をしているのがすごく面白いと感じたんです。あとは、けっこう農家さんって、午前中農業してご飯食べて、疲れているので昼寝するんですけど、その生活リズムもすごく良かったです(笑)。コロナ禍で大学がオンライン授業になった際には、福島県に長期滞在しながら活動もしていました。
サークルでも農業づけの日々
大学卒業後は就農することも考えていましたが、サークルや農業実習での経験から、ただ作物を生産するだけでなく、色々な人と関わりながら農業をしたいと思いました。身内だけで農業をするのではなく、様々な人を巻き込んで農業の楽しさを感じてもらい、その結果として地域が活性化するような活動をしたいという想いが芽生えました。
農業実習でお世話になった全国の農家さんは、地域課題の解決を目的としているわけではなく、純粋に農業が好きだから農業を営んでいました。ただ、その結果として、そこで働いている人たちも生き生きと楽しそうで、地域の人からも信頼されていることを感じました。一方で、食は人々の生活にとって欠かせないもので、それを支える農業も大事な産業であるにも関わらず、やはり少子高齢化の中で担い手不足や耕作放棄地の問題も実感したので、農業を軸に何かを掛け合わせるような取組みで、地域を少しでも活性化したいと考えました。
実習先での作業風景
ただ、東京農業大学では、学問的に地域づくりについて学んだわけではなかったので、持続的に運営できる仕組みづくりを、大学卒業後の自分がすぐにできるイメージは持てず、地域に入り込んで活動したいという想いと、大学院でもっと学んでみたいという思いから、「地域づくり・大学院」のキーワードでインターネット検索し、地域おこし研究員の制度を見つけました。地域に入りながら実践できて、大学院で学術的にも地域づくりやコミュニティについて学べる。農業を軸に何かを掛け合わせることで地域を活性化したいという自分の想いを形にできそうだと感じ、すぐに説明会に参加しました。
地域おこし研究員の先輩である松浦さんが大山町にはいて、だいせん週末住人のプログラムを実践していたので、地域おこし研究員になる前の研究計画を考える段階から、町内の農家さんや協力してくれそうな地域の人を紹介してもらったり、大山町で活動する他の大学生とも交流したりもしていました。それがきっかけで、地域の中で知り合いが増えっていったので、初めての地域でも孤独感や不安は少なく、自分がやりたいことのイメージも具体化できたので、大山町で地域おこし研究員になりました。
「アグリ起業部」では、中学生と大学生と一緒に、農業の生産から販売までを全て自分たちで実践しています。畑を借り、栽培計画を立てて野菜を育て、収穫した野菜の売り方を考えて、地域のイベントで販売しています。売上でBBQをするなど、お楽しみ要素も活動のモチベーションのために大事にしています。
大山町は近くに大学がないので、車やJRで1時間以上はかかる近隣の大学や東京農業大学の大学生を募集しています。リモートでの会議も織り交ぜながら、大学生と一緒にワークショップを企画して、中学生たちと、どうやって売るか、どういう商品にするかを一緒に考えていきます。それだけでなく、農家さんの元でネギや梨の収穫作業をやらせてもらうなど、中学生と大学生に実際の農家さんを知ってもらう活動もしています。農家さんは口下手で受入れ慣れていない方も多いイメージがあるかもしれませんが、協力してもらっている農家さんは大学生や中学生をとても歓迎してくれて、なおかつこだわった有機栽培をしていたり、独自販路を開拓していたり、ブランディングもできていたりと、「面白く農業をしている」方々なので、農業に関わる様々なことを言語化できていて、お話もとても上手なんです。実習させてもらう時もそうですが、畑で中学生や大学生と作業しているときに顔を出して収穫時期などのアドバイスをしてくれます。
中学生と大学生が一緒になって収穫作業
私自身、大学の4年間で様々な農家さんの元を訪れて、ただ生産するだけでなく、例えば独自ブランドをつくって販売したり、農家カフェをしたりと、本当に色々な可能性を秘めている産業が農業だと知ることができたので、そうした農業が持つ可能性を少しでも参加している大学生や中学生に知ってもらいたいという想いで活動しています。
ただ栽培するだけで終わらず、単に地域のイベントで出店するだけでもなく、自分たちで汗水たらして生産したものをお客さんに販売することは、生産の大変さも実感している分、お客さんに届けられる喜びも大きくなって、中学生たちにとって中々得難い良い経験になっていると思います。
大学生は、農業に関心があっても農家さんに出会う機会が少なかった学生にとって良い機会になると思って募集しましたが、農業よりも教育に関心がある学生が多く参加しています。そうした学生にとって、子どもたちと関わる機会になり、大学生同士でワークショップを考えることが、お互いの学びになっているようです。農業に関心がなかった学生が農業に触れ、その可能性に気づく機会にもなると嬉しいです。
中学生にしても大学生にしても、来年もやりたい!と言ってくれる参加者が多いのは、プログラム自体を自分たちで相談しながら進め、自由に主体的に活動できる内容にしているからこそではないかと思います。実際に前年にも参加していた中学生が継続して活動していて、前年の経験を踏まえて他の参加者の子に教えてくれたり、自分でどんどん活動を進められるようになったりしていて、そういう成長した姿を見ると嬉しいです。大学生も、最初はただ子どもたちや農家さんと交流するだけだったところから、子どもたちとの関わり方やワークショップの内容についても、自分たちでアイデアを出し合って活動している様子をみると、その変化が頼もしいです。
地域イベントでの出店に向けてポップづくり
地域おこし研究員として大山町に来るまでは、大山町のことはほとんど知らなかったので、特に初めの頃は、協力してくれる農家さんを探したり、キッチンのある場所を見つけて借りたり、イベントの出店の手続きをしたりと、プロジェクトを進めていく上での裏側での調整がとても大変でした。大学生との定期的なミーティングや、地域の農家さんとのやりとりなど、できるだけたくさんコミュニケーションをとって関係性をつくっていくことを心掛けてきました。
1年目は中学生たちが集まりにくい場所にある農家さんの畑を借りていたのですが、たまたま地域のイベントで出会った方が協力してくれて、2年目はより集まりやすい場所にある畑を借りることができるなど、やりたいことや困っていることを伝えると、誰かが何かしら協力してくれるような関係性が少しずつ出来上がり、私自身の調整するスキルも培われてきました。中学生からの嬉しい声を大学生に個人的に伝えたり、企画会議だけでなく日常のことについても中学生や大学生たちと話したり、参加者とも活動以外でもコミュニケーションをたくさんとることで、安心して意見を出し合って活動できる関係性ができてきました。
大山町は、地域の人も協力的で応援してくれる人が多く、何かやろうと思ったときに文句を言う人はいないので、新しい活動を始めやすい地域だと実感しています。地域自主組織というまちづくり団体が旧校区ごとにあり、そこを中心に地域内で様々なイベントがあるので、大学生と地域とのつながりも生まれやすく、出店して野菜や加工品を販売することも手軽にできて、何かに挑戦するハードルが低いんです。
幅広い観点からの学びと研究
研究としては、「域外大学生が地域の一員として担っていく地域農業の起業家教育モデルの構築」というテーマで取り組んでいます。大学生が地域に継続的に訪れながら、中学生と関わって、農業の生産から販売までをやっていくモデルをつくる研究です。今まで農業に関わることのなかった新たな若い人材が関わることは、地域の農業にとって何かしらの意味を持つと思いますし、その中で大学生にも何か学びがあり、地域全体にとっても良い効果が生まれるのではないかと思います。実際にどのような効果をもたらすのか、そしてその仕組みをいかに持続的に機能させられるかが、研究の着眼点です。
私の想いとしては、大学生と中学生が関わり合いながら、一緒に生産から販売までを実践することで、農業の持つ可能性について気づき、自分の興味と掛け合わせて何かやってみたいという気持ちを少しでも育めたら良いなと思っています。実際に農業自体にはあまり興味がなく、教育に関心がある大学生が参加して、農業に対する考え方が変化している様子はあります。また、大山町は大学がなく、中学生たちが大学生と関わる機会はほとんどないため、将来のキャリアについて考える機会になっているなど、副次的な地域にもたらす効果もあると思います。恐れずに挑戦していくことや、コミュニケーションする力、経営的な観点から物事を考えるなど、起業家精神も少なからず育まれていることを感じるので、どの切り口から研究するかはずっと試行錯誤しています。
大学院では、社会イノベーターコースという科目群を中心に履修し、実践・研究の両面で大きな学びを得ています。例えば、「個益公益のデザイン」という授業では、個人・個社の利益を得ながら、地域のためにもなる活動をいかに実現していくかという考え方や方法論を学び、自身の活動にも活かすことができました。先生方からの鋭い質問に応える中で、自分の研究や活動が言語化され、構造が見えてきて、次第にブラッシュアップされていっています。また、同じように他の地域で活動している院生たちからも多く刺激を受けます。たとえばスポーツ科学など、自分とは関係ないと思う分野でも、切り口によってつながりがあって、そこから新しい発見を見つけて、自分のプロジェクトにも反映することができるなど、分野横断的に幅広い視点でモノゴトを考えることができるのがSFCのいいところだと感じます。
大学院での学びを活動に活かす
私自身は小学校の時に農業にハマり、将来農家になりたいと漠然とした想いを持ちつつも、アグリ起業部を実践するまでは自分で生産から販売まで行う経験はしていなかったので、職業や産業としての農業を実感しきれず、就農したいと思っても一歩を踏み出せませんでした。もし子どものころにアグリ起業部のような活動があって販売まで経験することができたら、その一歩を踏み出しやすくなるのではないかと思います。学部時代も知識としては農業経営について学べても、自分の経験として実感できていたわけでないので、リスク少なく経験として農業経営に挑戦できるようなプログラムがあったらいいのではないかと思ってアグリ起業部の活動をつくりました。いきなり就農するか、農業とまったく関わらずに生きるかという二択ではなく、自分自身の興味やスキル、仕事との掛け合わせで、多様な農業との関わり方の可能性を見出すことができると思います。
アグリ起業部はいわば「農業×教育」の取組みで、これからも続けていきたいです。それだけでなく、他にも「農業×何か」で色々とやっていきたい。「農業×宿」で農業体験をするプログラムだったり、「農業×旅行」で農体験ツアーや農家を手伝う旅プログラムだったり、育てた作物を使ったカフェで地域の交流を生んだり、農業を軸に色々な事業を展開できそうだと、アグリ起業部の活動を通じて、私自身が農業のさらなる掛け合わせの可能性を実感しました。これからも、「面白い農業」を自分でやりながら、農業を面白くしていきたいと思います。