Researcher

郵便局が地域を支援し、小さなビジネスを育む

生田 遼資(いくた りょうすけ)

愛知県豊橋市出身。2009年に郵便事業株式会社(現:日本郵便株式会社)に入社。切手・葉書企画業務、人事採用業務、集配企画業務等に従事。2023年4月から、長崎県壱岐市役所SDGs未来課に出向。地域と企業の連携による相乗効果に関心を持ち、郵便局によるコミュニティビジネス支援に取り組む。2023年4月に慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程入学。

2023年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
2023年4月 壱岐市 地域おこし研究員 就任(第21号、壱岐市)
2025年3月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 修了
つながりから生まれる新しいチャレンジ

「一緒に新しいことにチャレンジするって、こんなに楽しいんだなって気づきました。」

これは、ジャガイモを使った商品開発に取り組んでいる農家の松本さんの言葉です。 私は現在、長崎県の離島・壱岐で、日本郵便から派遣された地域活性化起業人として、地域おこし研究員の立場も持ちながら、「コミュニティビジネス支援」に取り組んでいます。

松本さんとは、壱岐の農業を盛り上げたいという地域の方が主催する集まりで出会いました。その中で、長崎黄金というジャガイモの在庫の販路がなく、悩んでいることを知りました。そこで、郵便局で行っている「無人販売」を紹介し、協働が始まりました。無人販売に加えて、地域の飲食店にも紹介し、長崎黄金をメニューに取り入れてもらえることになりました。さらに、地域のイベントでも使ってもらおうと、まちづくり協議会に提案すると、カラオケ大会での袋詰め企画が実現。この企画は大盛況で、一般的な販売には適さない小さな芋の方が、隙間に詰められるということで飛ぶようになくなりました。この企画は、壱岐商業高校の「高校生株式会社」が企画したマルシェイベントでも大人気でした。

このように、地域で何かやりたいと思っている人と人とがつながれば、壱岐のような離島でも新しいチャレンジが生まれるということを、松本さんと一緒に活動しながら実感しています。

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「販路拡大してもらい感謝してます」と話す松本さん。今後の計画について盛り上がる。

地域が儲かれば、郵便局も存続する

郵便局は全国に約2万4千か所あり、法律で各自治体に1つ以上設置すると定められています。人口減少に伴って郵便物が減少したからといって、郵便局は撤退することができません。「最後の砦」として、地域の物流や金融インフラを支えることが郵便局の使命であり、いわば地域と一蓮托生なのです。だからこそ、郵便局が地域に積極的に入り込み、地域の人々と一緒に様々な取り組みを行うことが、郵便局の存続につながると考えました。

この考えは、コミュニティビジネス支援に取り組んでいる全国10局の局長へのインタビューを通じて強まりました。養蜂、ゲストハウス運営、地域産品のカタログ化など、10局の取組み内容は様々ですが、共通しているのは「まずは地域の人にお金が落ちることが大事」という意識です。地域の事業者が小さくても稼げる仕組みをつくり、その結果として物流が生まれれば、郵便局も利益を得ることができます。この全国の局長に対するインタビューをもとにして、郵便局の有する地域のネットワークと、物流のインフラを活用して、コミュニティビジネス支援の仕組みをつくることが私のテーマとなりました。

コミュニティビジネスが生まれる過程には、一般的なビジネスにはない「共同学習期」と「社会実験期」があると言われています。分かりやすく言うと「一緒にやってみよう」「ちょっとやってみよう」と思う機会が必要なのです。郵便局員が地域の「できたらいいな」と思っている人同士をつなげ、郵便局のスペースを使って試験的に広告や販売をできる場を提供することで、そうした機会をつくることができます。さらに郵便局では、お歳暮やネットショップなどの販路と物流の支援をすることができるため、コミュニティビジネスの中でも、特にプロダクト開発は支援する対象として相性が良いと感じています。

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人と人とをつなげ「ちょっとやってみる」を支援する

チャレンジは広がる

松本さんの長崎黄金の在庫は見事に完売し、次なる展開が生まれています。ひとつは、松本さんが生産しているニンニクと、小鯵のいりこを使ったふりかけの開発です。これは海外の子どもの教育支援に取り組むNPO法人と協働し、南スーダンや東ティモールを始めとした子どもたちにふりかけを届けるとともに、壱岐の子どもたちにも食の大切さを学ぶワークショップを行う企画まで実現しました。いりこの製造技術が島内では途絶えていたため、製造技術を復活させてくれる業者を探し、「壱岐美食企画」の永村社長が技術を学んできて復活させてくれました。

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いりこ製造を引き受けてくれた永村社長と。未利用魚を活用した商品をつくりたい!をアイデアが広がる。

さらに、壱岐の加工業者「メイリンキッチン」とともに、長崎黄金を加熱処理して真空パックに詰めた、すぐに料理に使える商品の開発にも取り組んでいます。この商品は、一律185円で送れる郵便局の「クリックポスト」で全国に販売できるよう、厚さを3㎝以内に抑え、長崎黄金の綺麗な黄色の断面が見え、変色しないように工夫をしているところです。

コミュニティビジネス支援を「まちづくり協議会(以下、まち協)」と連携して進められないかとも考えてきました。地域のコミュニティ機能を、横のつながりで結びついて住民自ら担っていくための組織であるまち協は、地域住民の「やりたい!」という想いが集まる場です。壱岐では郵便局長がまち協の一員として活動しているケースもあり、地域との間に良い関係性ができています。「いっしょにやろう!」と思ってもらうきっかけの場をまち協とつくりながら、ビジネス的な支援は個別に行っていくという流れを作ることができれば、今後チャレンジの輪はさらに広がるのではないかと感じています。

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住民が一歩を踏み出すきっかけづくりをまち協と進めたい

最近は、新しい試みをする人が手軽に販売や広告ができる場所として、コミュニティスペースを芦部郵便局内に郵便局員や地域の皆さんの協力も得てつくりました。ネットワークや販路を活かした支援はもちろんのこと、チャレンジが生まれる場としても、郵便局を活用していきたいと考えています。

なぜ郵便局がそこまでするのか

これまでの先行事例を見てみると、熱意ある局長が、プライベートな時間も使って、「なんで郵便局がそこまでやるのか?」と周りから言われながらも、強い想いでコミュニティビジネス支援に取り組んできていました。私の研究は、そのような事例を基に、郵便局として提供すべき支援や地域に必要な要素を実証検証し、地域と一蓮托生の郵便局が地域と一緒に持続・発展していく道として、コミュニティビジネス支援の仕組みを提案することを目的としています。

局長の熱意だけに頼るのではなく、コミュニティビジネス支援を仕組みとして構築することは簡単ではありませんが、私の実践を通じて、壱岐での成功事例が他の郵便局にも展開できる可能性があると感じています。そのため、郵便局がコミュニティビジネス支援を進める価値や方法を明確にし、社内で提案していくことが目標です。

郵便局が地域で眠っている価値を掘り起こし、新たな商品を生み出して、ネットショップや郵便局窓口での販売ラインナップを揃えることができれば、プラットフォームとしての価値を高めることができます。全国2万4千か所の郵便局で、コミュニティビジネス支援を行えば、大きなインパクトを創出できると考えています。

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研究と実践の両輪だからこそ、「仕組みづくり」に挑戦できる

正しさを押しつけるのではなく、やりたい!と思ってもらう

地域おこし研究員に着任するにあたり、私が実践する地域として選択肢になったのは壱岐と北海道東川町でした。当初は地域外の人材と協働するオープンイノベーションについて取り組みたいと考えていたのですが、人口増加を成功させてきた東川町ではなく、離島という特色ある環境や若年層の流出に向き合いながらもこれから何かが生まれる期待感を感じた壱岐を選びました。

壱岐に実際に入り込んでみると、都市部に住んでいたら出会うことのできなかった、地域との関わりの中で様々な活動をしている人が多くいて、日常会話の中から自然と新しいことが生まれていくのが面白いと感じています。移住してきた人も、この島を何とかしたいと活動していますし、もともと壱岐にいる人とも一緒に活動することが重要だと感じます。様々なことが島内で完結してきた地域だからこそ、自分のような地域外からやってきた人が、もともと壱岐にいる人たちと一緒に何かに取り組むためには、「正しいこと」を押しつけるのではなく、いかに「やってみたい」「楽しい」と思ってもらえるかが大切だと痛感しています。その方法を考えながら実践していくことは、会社組織の中だけで仕事をしてきた自分にとっては新鮮でもあり、実は会社組織内でも通用する考え方だと気づきました。もちろん研修などで「マネジメント」「コーチング」などの言葉で教えられてきましたが、実感を伴って理解できたことは良かったです。

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地域での活動は毎日が学びの連続

真の地方創生は、地域の未来を地域の人々が決めること

壱岐に来るまでは、「地方創生って、本当に実現できるのだろうか?」という疑問を抱いていました。経済的な効率や価値だけを考えると、人口が減少し市場が縮小していく中で、地方を創生することはとても難しいことなのではないかと感じていたからです。本当の意味での地方創生や地域活性化というのはどのようなものなのか、その現場に身を置いて自分の目で確かめたいと思ったのが、地域おこし研究員になった理由です。

実際に壱岐で活動してみて、考え方が変化した点があります。それは、経済価値は大事ですが、それ以外にも大事なことはあるという気づきです。どんな価値を地域で求めるかを決めるのは、その地域で暮らす人々です。地域の人々が、自分たちが描く未来に向かって、楽しみながら進んでいくことこそが、真の意味での地方創生だと感じています。資本力や規模をもった大企業が果たすべき役割は、地域の実態を知らずにパフォーマンス的に旗を振り、取組みを押しつけることではありません。地域の求めを掘り起し、そのニーズに応じて自社のリソースを活かして、支援していくことが重要だと考えています。日本郵便の役割は、そうした地域と企業をつなげる媒介者でもあるべきだと思います。

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つながりが広がってできたふりかけ。地域のやりたい!という想いが何よりも大切だと感じる。

何か新しいことをしたい社会人へのススメ

これまで私は、新しい取組みを自分で始めた経験があったわけではありませんでした。新しいことをやってみたいと思いながらも、どうすれば良いのかが分からなかったのです。地域おこし研究員の制度は、もちろん自分のビジョンが明確な人にはピッタリですが、私のように、新しいことに挑戦したいけれど方法が分からないという人にもお勧めしたい制度です。初めは明確なビジョンがなくとも、地域での実践と大学院での仲間との学びを通じて、自分ひとりでは生み出せなかったアイデアが生まれてくるので、とても楽しく濃密な経験ができます。私の活動のように、誰かの「やりたい!」という気持ちを応援することでも新しいことは実現できるので、何か新しいことをしたい方には、ぜひ挑戦して欲しいと思います。

インタビュー・文:松浦生
(2024.12.11)

研究資料

参考