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郵便局を地域の「発射台」にしたい

梶 恵理(かじ えり)

三重県伊賀市出身。2008年に郵便局株式会社(現:日本郵便株式会社)に入社。ゆうちょ・かんぽを始めとする金融営業の企画、郵便・物流部門の法人営業人材の育成、広報ではインナーコミュニケーションやCIの業務に従事。2023年4月から、北海道東川町役場の適疎推進課に出向。人口減少を迎え、地域で生活に必要なサービスの集約化が推進されている日本において、生活関連サービスの最後の砦となりうる郵便局が、地域住民とサービス提供者(企業・自治体)の共創を促しながら、暮らしに必要なサービスをデザインし、生み出していくリビングラボの実践を構想。2023年9月に慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程入学。

2023年4月 慶應義塾大学SFC研究所 所員
2023年4月 地域おこし研究員 就任(第23号、東川町)
2023年9月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
子どものころから馴染みがあった郵便局

お年玉の貯金に行ったり、年賀はがきを受取ったり、幼いころから私にとって郵便局はとても身近で馴染のある場所でした。局員の方が温かく迎えてくれて、子供心にも居心地の良さを感じ、当時から郵便局が大好きだったんです。

大学4年生で就職活動をしていた2007年ごろ、郵便局はちょうど郵政民営化の一期生を募集しているタイミングで、郵便・貯金・保険の従来の3事業に加えて、例えばホームクリーニングや引っ越しの取次サービス、郵便局内のコンビニの出店、不動産事業としての商業施設開発など、組織の中にいる人でも想像しきれないような新しい事業を、他の業界・企業等と連携しながら積極的に取り組んでいこうとしていました。ちょうど時代が変わるタイミングでの就職、せっかくなら子どもの頃から馴染みのある郵便局を拠点に、これからの地域で必要とされるサービスをつくっていくプロセスに私も参加したいと思い、郵便局に就職しました。

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日本郵便本社での打合せ

郵便局の持つポテンシャル

もちろん民営化したからと言って、国営だった全国規模の組織がすぐに変化するわけではなく、私自身が就職したころに希望していたような新しい事業に取り組んでいくプロセスへもなかなか参画できずにいました。会社としても、地域の現場にいる局長・社員から地方創生に資する事業アイデアを吸い上げて、それを実行しようとしているのですが、本社と現場との距離がある中で、本社からはなぜそれをやりたいのか、それは本当に地域のためになるのかが分からずにモヤモヤすることも多くありました。「〇〇中央郵便局」と名の付く大型の郵便局は、主要駅前の好立地にあり、人口ビジネス的観点から商業施設に造り変え、不動産収入で利益を上げていこうという事業もあるのですが、私はそうしたディベロッパー的な立ち回りではなく、郵政だからこそできることが他にあると思いながら、かと言ってしっくりくるものが見つけられずにいました。

ただ、全国には小学校の数よりも多い2万4千もの郵便局があり、その一つひとつに社員がいて、直接お客さまにサービスを提供している事実は、とても大きなポテンシャルだと入社当初から感じていました。郵便局は、明治時代に各地の地元の名士に局舎を提供してもらって全国に広がったので、地域のことをよく知り信頼されている方が、世襲的に局長を務めてきた歴史があります。また、全市町村毎に1以上設置しないといけないという法律もあり、人が減り集約化していく中で「最後の砦」になりうる郵便局には、地域に求められるサービスを提供し続けようとする使命感もあります。従来は、ユニバーサルサービスとして、一律で画一的なサービスを全国的に展開しないといけないという風潮もありましたが、これからはより地域に特化した個性のあるサービスがあってもいいよねと、会社としても国としても変化してきています。

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活動をしている東川郵便局

地域おこし研究員への挑戦

会社全体のシステムの中で日々の業務をしているだけでは、俯瞰してみることが難しい郵便局・日本郵便が持つ可能性を、一度当初の想いに立ち返ってじっくりと考えたい。社内から少しだけ距離を置きつつ、外から自社を見てみたいと感じるようになっていたところで、ちょうど地域おこし研究員制度を活用した新プロジェクト「社会イノベーション研究室」が、社内で起ち上がりました。ここ数年、社内で地域の自治体やローカルベンチャーへの出向の募集もあったものの、結局身一つで行っても、地方創生に貢献できるようなスキルやノウハウがあるかと言われると自信がなく、出向先で組織の中の人として働けたとしても会社に持ち帰れるもののイメージが湧かなかったのですが、社会イノベーション研究室では、自分で新しいことを起ち上げ、それをSFCが知見やリソースを活かしてサポートしてくれて、地域としても一緒にやりましょうと支えてくれるのはチャンスだと思って挑戦しました。

提示されたフィールドは北海道の東川町か長崎県の離島・壱岐市。どちらも行ったことのない地域で東京からも遠く、正直最初はためらいましたが、玉村教授の著書『東川スタイル』を読み、東川町は自然が豊かということ以上に文化度が高く楽しめる町だという直感が働きました。実際に足を運んでみると、家具にしても食にしても手仕事にこだわっている人たちがたくさん居て、それらに触れたり食べたりできるので、大好きな軽井沢にも似ている雰囲気を感じ、この町だったら暮らしてみたいと思いました。

本格的に出向する2023年4月には具体的なプランを持っていきたいと思ったので、2022年から月1回ペースで東川町には出張として来ていました。玉村先生に東川町役場のみなさんを繋いでもらい、地方創生の成功事例として、すでに移住者も多く様々な施策が打たれている東川町で、自分は何ができるのだろうという模索を進めました。雪国での生活が、季節ごとに、人の行動にどのように変化をもたらすのかを知っておきたかったのもあります。出向して本格的な活動が始まった今は、こんなに町の施策が充足しているのであれば、地域の課題を起点とすることに拘り過ぎず、自分がよいと信じることに、周囲の共感を得られるように、説得していく形でも良いのではと感じます。また、東川町は地方創生の成功事例として、外から見るとチャレンジングに様々な施策を打っていますが、施策の穴を見つけてそこに手立てをすることも考えられます。その二つの観点をマージして、模索した結果、導き出したのがリビングラボです。

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東川町役場で打合せ。
地域として一緒にやりましょうと言ってくれるのは心強い。

地域の「発射台」を目指して

自分が子どものころから郵便局が好きだったということに立ち返って当時を思い返すと、郵便局のサービスを利用するとき以外も、診療所帰りのおばあちゃんからタクシーを呼んで欲しいと言われたり、野菜が採れすぎたから皆さんに配ってと持って来てくれたり、昔から地域のコミュニティの拠点になっていました。当時は郵便が今よりも圧倒的に生活に必要なサービスだったので、自然と郵便局の人と友だちになって頼れる存在になっていたのだと思いますが、時代が進みサービスが溢れる中で郵便局は徐々に人々の暮らしから離れてきています。

ただ、時に個人情報のようなパーソナルな情報も含めて地域の様々な情報が集まり、助け合いや頼り合いが生まれる場所というのは、今の時代においても大きな価値を持つと思います。その状態を、新たな手段をもって再生したいという想いで、リビングラボのような形で郵便局のリソースやネットワークをプラットフォームとして開放し、様々な企業や住民がそこに課題を持寄って何かが起きていく仕組みを創りたいと考えています。

リビングラボとは、Living(生活空間)とLab(実験場所)を組み合わせた言葉で、人々の生活空間の近くで研究開発を行い、生活者視点に立った新しい商品やサービスを生みだす場や一連の活動を指します。

東川町ではオフィシャルパートナー制度を設けており、46社(2023年10月現在)もの企業が提携していて、既にリビングラボの土壌はできているとも言えます。各企業は、地域から示唆を得て自社事業に活かしたいと考えて提携していただいていると思うので、リビングラボは、その想いを実際に発揮できる場にしていきたいです。その中で、いかに東川町のこれまでの地方創生施策の文脈や、今置かれている状況に合わせて、郵便局をリビングラボの場にすることによる価値を生み出すことができるか、そこを模索していく必要があると感じています。

企業と行政、企業同士のコラボレーションだけでなく、そこに暮らしている地域の人の生活課題が集まって、それを起点にイノベーションが起きていく場をつくるためには、その地域のことをよく知っている人がいることが何よりも重要なリソースとなります。特に地域で新しいことを始める際には、その場のオーナーが誰なのかが、信頼を得る上で重要になるので、地域を精通し、地域の人からも知られる郵便局の社員が場のオーナーになると、良いのではないかと思います。

私は郵便局が、地域に必要なサービスが生まれていく「発射台」みたいになったらいいなと思っています。生まれたサービスは郵便局で実施してもいいし、他の事業者がやってもいいので、とにかく各社のリソースと地域の課題が集まって、地域のニーズを地域で満たすサービスを生み出す発射台になるような仕組みが必要ではないかと感じています。さらに地域で完結するだけでなく、全国や世界に広がっていくようなサービスが生まれたらより良いですね。

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地域の人の生活課題が集まる場にしたい

日常の延長でアイデアが集まる場に

いきなり真面目に「リビングラボを始めます」と言っても人は来ないので、まずは「ゆるトークとカレーの会」を郵便局の2階で始めました。ほとんど思いつきのように始めたのですが、初回から地域活性化起業人や地域おこし協力隊のメンバー、役場の職員だけでなく、近所に住んでいる地域の人たちも来てくれて、みんなで楽しくカレーを作って食べました。

言ってしまえばそれだけの場だったのですが、参加者から様々なアイデアが自然と出てきました。例えばある写真家の方からは、日本郵便の提供しているラジオ番組で東川町を宣伝してよというアイデアをもらったので、次回はラジオ宛の企画書をみんなでつくろうと思っていています。その他にも、町内の工房から端材を集め、有休空間となっている局舎でオフィシャルパートナーと提携して工具を提供して、DIYスタジオのようなものができないか、というアイデアも盛り上がりました。リビングラボと胸を張って言うにはまだほど遠いですが、こうした日常の延長にあるような場をつくり、その場を育てたり拡張したりしていきたいです。

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東川郵便局のみなさんと。
この日はみんなで手紙を書いた。

拘りを持って試行錯誤できるのがSFC

私は秋入学で10月から授業が始まったばかりなので、授業はまだ1コマしか履修していません(2023年11月時点)。それでも、SFCには教員も学生も本当に多様な人がいて、それぞれの視点で課題感を持っていて、自分なりのアプローチをしているので、出会う教員や学生の関心を通して、自分がこれまで意識してこなかった社会課題を知ることも多いです。学生はそれぞれが明らかにしたい研究テーマを持っています。平たく言うと、取り組みたい課題と解決策のアイデアです。そのアイデアが最も効率的に成果をもたらすかは一旦置いて、それぞれが拘りを持った手法でアプローチしていて、結果として効果があまりなくてもそれはそれで研究成果で、その探求の積み重ねで社会はできているということを感じます。仕事となると効率性やフィジビリティが求められますが、その先にある様々な可能性を、大人が真面目に純粋に試行錯誤していることが面白いと感じます。堅い風土の会社で仕事をしてきたので、最初は自分が関心のある社会課題と言われても世間一般で言われているような社会課題しか頭に浮かばなかったのですが、日々の生活や仕事をする中での自分にとっての「ノイズ」に対する感度が重要で、それぞれのノイズを大事にしながら、安心してその解決に向けての試行錯誤ができる学び舎がSFCだと感じます。私の研究活動はこれから始まるところですが、リビングラボの領域は方法論一つとってもまだまだ明らかになっていないことが多いので、実践しながら郵便局モデルを提示したいと思います。行政だけでは地域の人や課題にアクセスしきれない部分、また公平性の観点から介入しにくい領域もあります。郵便局だからこそアクセスできる地域の人や課題もあると思うので、その可能性を研究と実践の両面から探究していきます。

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インタビュー・文:松浦生
(2024.02.15)

研究資料

参考