Researcher

地域で先人から受け継いだものに「利息」をつけて次の世代にバトンを渡していくために

石田 聖臣(いした たかおみ)

青森県むつ市出身。2006年4月、青森銀行(現・青森みちのく銀行)入行。八戸市の鮫支店、本店営業部、札幌支店等の勤務を経て、2016年より、銀行本部の地方創生・主担当者として、インバウンド・キャッシュレス対応をはじめとした観光振興支援や、創業・起業支援といった、持続可能な地域づくりに係る様々な案件に携わる。その後、銀行の営業現場の最前線で支店長代理を務めた後、青森銀行とみちのく銀行が経営統合し誕生したプロクレアホールディングス・グループのシンクタンク・コンサルティング会社であるあおもり創生パートナーズに出向し、現在は、同社で自治体担当者として総合計画策定支援や、地域おこし協力隊受入れ関連支援業務等に従事しながら、持続可能な地域づくりに向けた伴走支援に取り組んでいる。2025年4月に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程に入学。

2025年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
2025年4月 地域おこし研究員 就任(第25号、あおもり未来共創ラボ(あおもり創生パートナーズ))
※2026年3月現在
銀行員として、地域と向き合ってきた

私は青森県むつ市の出身で、2006年に青森銀行に入行しました。最初の配属は八戸市の鮫支店で、法人営業を担当していました。ここでは本当に、地域の「生の声」を聞かせてもらったと思っています。お客様の会社に毎日のように足を運んで、資金繰りの話だけじゃなくて、業界のこと、地域のこと、家族のことまで含めて話をする。銀行員としての原点は、間違いなくこの時期にあります。

その後、本店営業部に異動して、県内でも名の知れた企業を担当しました。鮫支店とはまた違って、規模も責任も大きい現場でしたし、法人営業担当としての基礎を徹底的に叩き込まれました。次に行った札幌支店では、青森県内とは全く異なる環境での新規開拓です。青森銀行の看板は通用しない中で、どう信頼をつくるか、どう存在意義を示すか。かなり鍛えられました。

その後、銀行本部で「地方創生」を担当することになります。正直に言うと、最初は「銀行で地方創生って、何をやればいいんだ?」という感覚でした。それでも、突き詰めていくと、お客様の役に立つことが、結果的に地域のためになる、という点では、これまでの仕事とマインドは変わらない、ということに気づきました。ただし、やることはまったく違いました。

銀行員の仕事って、基本的にはマニュアルがあって、道路に例えると「白線からはみ出ないこと」が求められます。でも地方創生は、道路をつくって、そこにステークホルダーのみなさんが腑に落ちる「白線を引く」仕事なんですよね。答えがない。地域のためになるなら、ある意味何をやってもいい。その自由さと難しさに、最初は戸惑いました。

「なんでそんなことやるんだ」と言われながら

特に印象に残っているのは、インバウンド向けのキャッシュレス決済の普及に取り組んだことです。QR決済を地域に広げていくために、いろんな人を巻き込んで、自分で構想を組み立てて、組織として前に進めていく。いざ地域を回ると、取り組む意義を理解してくれる人もたくさんいましたが、二言目には「なんでそんなことやらなきゃいけないんだ」と言われることもあり、とても苦労した記憶があります。

その中でずっと意識していたのは、「この仕事は、最終的に地域のためになるのか」という価値判断基準を、自分の中でぶらさないことでした。すべてのステークホルダーが100点満点で納得することはない。でも、どこに着地させるかを考え続ける。そのプロセスで、かなり鍛えられたと思います。

結果として、様々な事情があり、プロジェクトは道半ばで終わりました。世間的に見れば、失敗だったのかもしれません。でも、私は「やりきった」と感じています。プロジェクトを通じて、様々な人と知り合い、様々な修羅場をくぐり、交渉の仕方や着地点の見つけ方を学びました。自分自身の血となり肉となった挑戦だったと自負しています。

一度、立ち止まって棚卸しをしたかった

気づけば、理論を深く考えることなく、20年近く走り続けてきました。でも後輩や部下が増えてきて、「勘と勢い」だけでは通用しない場面も増えてきた中で、自分がやってきたことを、学術的に見るとどう捉えられるのか、一度、これまでの道を振返って、棚卸しをしたいと思うようになりました。

地域おこし研究員に興味を持ったのは、そうしたタイミングです。全国で活躍している先輩や仲間とフラットに議論できる環境は、とても魅力的でしたし、SFCにいることで、地域とも少し距離を取りながら、フラットに向き合える気がしました。

地域にはこれまで、先人たちがつくり、守り、脈々と大切に受け継いできた有形無形の資産がたくさんあります。それを受け継いで私は地域で生まれてからこれまで暮らしてこれたんだと思うんです。だからこそ、私の代で食いつぶしてしまうのではなく、それに「利息」をつけてしっかりと次の世代にバトンを渡していきたい。人口減少を背景に、全国でも、青森でも、いろんなモノやサービスがなくなっていく実感がある中で、自分の子ども世代、孫の世代に何を受け継いでいけるのか、私の世代の責任を強く感じます。

あおもり未来共創ラボでの挑戦

現在は、産学金官の共創プロジェクトを推進する「あおもり未来共創ラボ」の一員としても活動しています。どうやってこのラボをつくるかは、玉村教授ともかなり議論してきました。自治体にありがちな「委託して終わり」の感覚をどう打破するか。大きなテーマは、しごとづくりを起点とした共創による持続可能な地域づくりです。

具体的な共創プロジェクトとして、注目しているのがふるさと納税です。返礼品開発を通じて、地域産品を地域の外へ売って”外貨”を稼ぐサプライヤーが、いかに高付加価値化できるか。私は、新商品をいきなり一般市場に投入するよりも、すでに一定の顧客が顕在化していて、物流コストも自治体が負担してくれるふるさと納税制度をうまく活用すれば、テストマーケティングの場にもなる可能性があると思います。

例えば、新幹線や飛行機を使った「速さ=鮮度」という価値。朝どれの一次産品を、新幹線で大都市圏の富裕層に届ける。そういうストーリーなどもあるのではないかと構想を描いています。青森には一次産品はたくさんあるけれど、まだ十分に付加価値がついてないと感じます。ふるさと納税はある意味やったもの勝ちの市場なのに、まだ県内で十分に活用できていないのが現状です。

もちろん、本当の意味での「共創」をつくるのは簡単ではありません。文化の違う組織が一緒にやるのは難しいし、正直、得体の知れないことをやっている感覚もあります。だからこそ、まずは分かりやすい成功事例を一つずつつくって、「良かった」と言ってくれる事業者を増やしていく。それが一番の近道だと思っています。

学び直しで見えてきたこと

SFCで学んで、特に腑に落ちたのが、ソーシャルマーケティングやソーシャルファイナンスです。社会性と経済性をどう両立させるか。それは、金融機関にいる自分にとって、ものすごくリアルなテーマでした。

授業を受けながら、自分が「地域課題解決」などという主語の大きなマジックワードに頼って、なんとなく仕事をしていたことを感じ、一つひとつの言葉を定義することの大切さを痛感しました。実務経験があるからこそ、改めて見えてくる視点も多かったです。

仕事を続けながら大学院に通うのは、正直大変です。自分の時間は確実に削られます。でも、理解のある上司、先輩、同僚、後輩といった周囲のみなさんが支えてくれて、なんとかなっています。本当に周囲で支えてくれているみなさんには感謝しかありません。頭の切り替えがうまくなって、整理する力がついてきた気がします。これまで社会人を20年やってきましたが、経験上忙しいときほど、いい仕事をしている感覚もあります。ごった煮の状態の方が、むしろ前に進めている気がするんです。だから、今はすごく充実している感覚があります。

これから、地域の「触媒」として

これからの時代、人口は減っていきます。だからこそ、お互いのリソースをきちんと出し合って、持ち寄れるものを持ち寄って、一つの大きな力にしていく必要がある。散らばっていたノウハウや人材を結集する。それが、「ソーシャルパワー」だと思っています。

私自身は、ソーシャルパワーを生み出すための、地域の「触媒」になりたい。金融機関グループは、地域の事業者の方々も行政の方々も地域で一番いろんな人を知っています。その立場を活かして、人と人、事業と事業、制度と現場をつないでいく。地域に新しい化学反応を起こす存在(=「触媒」)でありたいと思っています。

仕事をしながら学ぶことに迷っている人がいたら、こう伝えたいです。大変ではあるけれど、やってみたら周りも助けてくれて意外となんとかなる。人生の中でも、かけがえのない時間になります。地域に入りたいと思っているなら、まず一歩、踏み出してみてほしいですね。

インタビュー・文:松浦生
(公開:2026.03.11)

参考