慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科での研究開発を行いながら、地域の皆さんとともに、地域の未来に資する地域に根ざした実践を行う「地域おこし研究員」。2025年4月から、新たに6名が活動を開始しました。約3ヶ月がたった2025年7月のタイミングで、それぞれの学びと、「社会人×大学院生×地域での活動」のリアル、そして今後の展望について語り合ってもらいました。この記事では、その座談会の模様をお届けします。
登壇者:
石田聖臣さん(地域おこし研究員25号・あおもり未来共創ラボ(あおもり創生パートナーズ))
金子健さん(地域おこし研究員26号・あおもり未来共創ラボ(青森市))
廣瀬健大さん(地域おこし研究員28号・三条市)
横関美玖さん(地域おこし研究員30号・広島CSVラボ)
インタビュアー:
松浦生(地域おこし研究員11号・鳥取県大山町)
—— まずは、簡単にこれまでの経歴と、地域おこし研究員になったきっかけ、活動内容を教えてください。
廣瀬健大さん(三条市):
三条市の地域おこし研究員の廣瀬です。学部は筑波大学で、卒業後そのままSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)の大学院に進学しました。学部生時代に三条市で行われている大学野球のサマーリーグの企画運営に関わったことがきっかけで、大学院政策・メディア研究科特任教授の松橋崇史さんとの縁ができ、背中を押されて三条市で挑戦することにしました。私は、三条市に住み込んで、運動部活動の特徴を活かしてライフスキルを育てるプログラムをつくっています。そして、将来的にはJICA協力隊として、途上国の現場でそのプログラムを活かすことや、三条市での活動にも相乗効果がある仕組みづくりや実践活動などに取り組んでいくことを計画しています。

金子健さん(あおもり未来共創ラボ(青森市)):
青森市役所に勤務している金子です。青森市では若い世代の流出が課題で、それに行政としてどうアプローチできるかを模索してきました。経産省や中小企業庁に出向していた経験も活かしながら、プッシュ型の創業支援の仕組みづくりに取り組みたいと思っています。SFCには、そうしたアイデアを深めるための環境を求めて飛び込みました。正直、大学院レベルでの学びや研究開発の環境に身を置くことは勇気のいる決断でしたが、すでにたくさんの刺激や知見を得ることができています。

横関美玖さん(広島CSVラボ):
私は株式会社明電舎で水力発電所の提案業務に携わってきました。社会人5年目より、広島県を拠点とした「広島CSVラボ」の活動に参画しました。このラボは、SFC研究所の監修・助言指導のもとで、水力発電を起点とした価値共創の実現をめざす産官金民学連携の取組みです。このラボでの活動経験を経て、SFCの玉村雅敏教授や地域おこし研究員の先輩でもある田中力さんに相談し、地域に深く入りながらチャレンジしたいと考え、地域おこし研究員を志願しました。現在は総務省の地域活性化起業人の制度のもとで、広島県廿日市市でも活動をしています。小水力発電所を起点に、地域にどんな価値を提供できるかを考えていきたいと思っています。

石田聖臣さん(あおもり未来共創ラボ(あおもり創生パートナーズ)):
私は、2006年に新卒で入行した地域金融機関・青森みちのく銀行に籍を置き、現在はグループ会社のシンクタンク・コンサルティング会社であるあおもり創生パートナーズに出向しています。2年ほど前に青森駅で開かれていた地域おこし研究員のセミナーにふらっと参加して、このプログラムの存在を初めて知りました。ちょうど「勘と勢い」で仕事をしていた自分が、これまで地域で取り組んできたことを棚卸しし、自分自身のレベルアップを図りたいと考えていた時期で、とても興味を持ち、SFCの玉村先生に連絡したのが地域おこし研究員になったきっかけです。仕事を通じて様々な地域企業と関わる中で、本州最北の県であるが故のモノの動きの課題に関心を持ち、地域で共有する仕組みとして何らかのプラットフォームをつくりたいと考えています。

—— SFCでの学びについて、印象に残っていることや苦労したことを教えてください。
石田さん:
大学院の授業は課題も多く、読み込まないといけない資料も多くて、寝る暇もなく、夢の中でも課題をやっているような状態でした。オンラインの授業もあり、また、私は仕事をしながらでしたので、本当に大変でした。ただ、その状況の中でも「問いを深めていき、良く分からないことを、その本質からなんとか分かるように説明する力」が、少しずつ鍛えられていく感覚がありました。学部時代とは違って、問いが複雑で、答えが一つではないことにアプローチすることが多い。そんな中でも他の人と対話しながら、自分なりに概念構築をして言葉にしていくことで、論理的に考えが整理されていく。そのプロセスは、SFCだからこそできた学びだったと思います。
横関さん:
1年目の春学期は対面の授業も受講しており、毎週、広島と神奈川を新幹線で移動しました。その移動時間も活用して、自らの学びの時間を少しでも多く確保することができました。所属企業や自治体の皆さんの理解やご協力があってこそ取り組めていることであり、大変ありがたい環境でした。学びながら地域の現場にも関われるというのは、なかなか得られない機会ですよね。
廣瀬さん:
僕は学部を卒業後、三条市に移住して、地域に住み込みながら活動する前提で、大学院に進学したので、皆さんのように会社や役所の仕事を持っているわけではないのですが、それでも授業の課題はとても大変でした。特に、学部では環境系の勉強をしていて、SFCでは専攻分野を完全に変えたので、ゼロから勉強し直さなきゃいけない状況でした。
でも、だからこそ自分の視野が一気に広がったと思います。スポーツや社会科学といった、これまで縁がなかったテーマに触れ、最初は専門用語の意味すら分からなかったものが、半年経つと少しずつ使えるようになっている。社会人経験が豊かな皆さんの視点にも刺激を受けながら、なんとか食らいついています。
横関さん:
私にとっては、大学院進学に併せて、新しい地域に入るという経験でもあったので、地域との関係をつくることにも時間を割きました。また、入学前から地域と研究の詳細な方向性を練っておくことでスムーズに研究に入れたのではとも思います。
金子さん:
その方が、助走になりますよね。私は昨年は市民病院で勤務していたので、直近に現在のテーマに関する活動をしていたわけではなく、土台のない状態からのスタートでしたが、だからこそ意識的に活動をしてきました。
地域の未来のために、自らが大学院レベルでの実践研究に地域の皆さんと挑戦できる環境は本当に画期的だと感じていますし、理論をベースに戦略的かつ実践的に地域課題に取り組むという姿勢の重要性を痛感しました。
石田さん:
私にとっては、ソーシャルファイナンスやソーシャルマーケティングの授業が腑に落ちる内容でした。特に、ソーシャルマーケティングは、単なる「社会のためにいいことをする」ではなく、誰にとって、どういう価値があるのかを検討して、その相乗効果を創出できる仕組みを丁寧に設計し、改善し続ける必要があることが印象的でした。
自分が地域金融機関にいる立場だからこそ、「社会性と経済性の両立」はすごくリアルなテーマです。だから、その両方をどう成立させるのかという視点で学ぶことができて、すごく納得感がありました。
廣瀬さん:
ある程度の 社会人経験がある皆さんは、もし学部生からそのまま進学していたら、ついていけたと思いますか? 僕は分野も変わったので精一杯でした。でも、それだけ学びの質が高いということですよね。
金子さん:
いいんですよ、ついていけなくても。私も怪しいことはありました(笑)。でも、学部生を含めた仲間たちとの活動や授業が刺激的だったし、新たな視点を得られたのは大きかったです。
石田さん:
「個益・公益のデザイン」の授業は、人生最大のモヤモヤでした。個益と公益の相乗効果のある組み合わせ方について、様々な切り口から、毎回、考え続けるのですが、誰かが答えを示してくれるわけではない(笑)。でも、「個人や企業の利益」と「社会全体の利益」は実際にぶつかることも多いじゃないですか。その中でどういう折り合いをつけていくのか、答えがないからこそ、自分で考え抜く時間を与えられた気がします。
横関さん:
様々な授業で取り組んだグループワークでのディスカッションは本当に刺激的でした。世代やキャリアが違う人たちと対等に議論できる機会は、社会人になってからはなかなか無い貴重な機会だと思います。
石田さん:
SFCの学生は、よくわからないことを形にする能力が高いですよね。その力は社会でも活きると思います。どんなに抽象的でも、深く考え抜いて、「こういうことかもしれない」と仮説を立てて、他人に説明できる。そして共感を得て実践していく。そういった力はほんとにすごいなと感じています。
—— 本業の仕事と学びの関係はどうでしたか?
金子さん:
自治体や企業の立場も持ちながら研究員をやるなら、一定期間は大学院での学びや研究に集中した方がいいと思います。仕事と切り離して純粋に自分起点でテーマに深く取り組めるのは、とても貴重なことで、それが地域の未来のためになる実践研究の根幹にもなる。そういった環境を整えてくれた青森市には本当に感謝しています。
横関さん:
私の場合は仕事の内容も変化し、勤務地と大学院との移動もあったため、自分のペースを掴むのに少し時間がかかりました。そういった状況の中で、地域おこし研究員の観点があったからこそ、地域での取り組みや、大学院の学びにそれぞれ全力で向き合いながら取り組めたと思います。
石田さん:
私は仕事を続けながらの通学でしたが、SFCの雰囲気に背中を押され続けることで、仕事と学びを両立しながら必死に取り組むことができたと思います。
—— 研究テーマは、この3ヶ月でどのように変わりましたか?
廣瀬さん:
私は学部が環境系だったので、最初は社会科学での研究のフレームワークや概念も全然知らなかったんです。SFCに入ってから、テーマに合った学部の授業を取って概念を学んだり、研究会でいろんな人に壁打ちしてもらったりして、だんだん研究計画が形になってきました。
石田さん:
私も、自分がいかに「地域課題解決」などという、実際には何をしたいのか分からない主語が大きすぎる「マジックワード」に頼って、なんとなく物事を考えてきたか、ということを痛感しました。一つひとつの言葉や発想について精査をして、概念構築をしていくことの大切さは、大学院の研究会を通じてすごく学びました。研究テーマ自体は、まだ模索中で、「社会から求められていること」「やりたいこと」そして、自分の「できること」の3つの交差点を探しているところです。
横関さん:
そうですね。私もその3つの重なりを見つける作業をしている真っ最中です。主体が誰かによって価値基準も変わるし、実際の地域での擦り合わせの中で、逆に自分の研究の方向性が見えづらくなることもある。でもそれも必要なプロセスだと思って、関係者との関係づくりやプロジェクトの軸となることの設定を丁寧に紐解いているところです。
—— いよいよ地域での活動が本格化すると思いますが、意気込みを聞かせてください。
石田さん:
青森市では『新機軸での「しごと創造」が充実していく仕組み』について研究開発に取り組む「あおもり未来共創ラボ」が立ち上がり、私の活動もその動きの中で模索していこうと思っています。ただ、「共創」や「連携」といった言葉だけが先行しないようにしたいですね。ちゃんと地に足をつけて、様々な方とともに、本質的な問いを深めていき、目の前の課題に丁寧に取り組んでいきたいと思っています。
横関さん:
私は、「小水力発電所を起点にして、広島を元気にしたい」という想いを軸に活動していきたいと思います。電気があるから何でもできる、という話ではないですが、電気を通じて地域の事業は成り立っていると思うので、関わる人たちに、単なる電力の供給以上の価値をいかに提供できるかを、地域の人たちと一緒に考えていきたいです。外から来たからこそ持っている視点も大事にしつつ、押し付けにならないように、バランスを取りながら進めていきたいです。
金子さん:
SFCの数ヶ月の経験から、地域でやりたいことがたくさん蓄積されました。自分の純粋な興味関心を忘れずに、いち早く地域で、SFCで学んだことを実践に還元したいと思います。職場や地域の人を巻き込んで、新しいことを生み出す中心的な存在になっていきたいですね。
廣瀬さん:
まずは三条市で、中学校の部活動を活用したパイロット的な取り組みに挑戦していきたいです。三条市にしても、途上国にしても、実際に現場で行ってみないと分からないことばかり。とにかく飛び込んで様々な方とともに試行錯誤をしてみるしかない、という気持ちでやっていこうと思っています(笑)。
—— 最後に、これから地域おこし研究員を目指す方へ、一言ずつお願いします。
石田さん:
想いがあるなら、ぜひ一歩踏み出してみてください。全国に同じ志を持つ仲間ができますし、学びも活動も深くなる。とても良い機会になると思います。
横関さん:
課題意識を明確にして、やりたいことをある程度描いてから入った方がいいと思います。チャンスに飛び込むのも大事だけど、何をやりたいのかを自分の中で持っておくことで、学びや研究の軸がぶれずに深められると思います。
金子さん:
地域課題の状況を見ても、地域で丁寧に動き出さなきゃいけないタイミングだと思います。誰かに言われて動くのではなくて、自分の課題意識を持って行動することが大事だと思います。
廣瀬さん:
地域おこし研究員は、僕みたいに「現場で挑戦してみたい!」という素朴な気持ちから飛び込める制度です。でも、それならそれで無我夢中でやる覚悟が必要。そして、楽しみ切るメンタリティが何より大切だと思います。
—— 新たな学びと実践の環境でもがきながら、互いに刺激し合って、切磋琢磨してきたことが伝わってきました。これからのみなさんの活動が楽しみです。ありがとうございました。