Researcher

地域の外/中の⼈に向けて社会教育のあり⽅の事例を提案する

遠又 香(とおまた かおる)

東京都生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。15歳のときにアラスカの2000 人の村に単身留学。現地でのキャリア教育に感銘を受け、日本の教育をよくしたいと志す。大学時代は高校生、大学生向けのキャリア教育を提供するNPO法 人で活動。卒業後は、ベネッセで高校生向けの進路情報誌の編集者として働いた後、外資コンサルティング会社に転職。企業の働き方改革支援や教育系のNPO法人のコンサルの仕事に従事。並行してデンマークのフォルケホイスコーレにヒントを得た“人生の学校“の設立を構想し、2020年4月に株式会社Compathを設立。2020年7月より北海道東川町に移住。

2021年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程 入学
2021年4月 地域おこし研究員 就任(第15号、東川町)
私のちいさな問いから、社会は変わっていく

私は、今、友人とともに北海道東川町に株式会社Compathという会社を設立し、北欧デンマークの「フォルケホイスコーレ」にヒントを得た「大人のための学び舎」づくりに挑戦しています。Compathのコンセプトは「私のちいさな問いから、社会が変わる」です。

デンマークで出会った「フォルケホイスコーレ」は、「人生の学校」という意味を持っています。社会のため、自分自身の人生のための、「私のちいさな問い」を大事にする。年代も背景もばらばらな人たちが、人生で必要な時に立ち止まり、共に暮らし学び、感性を磨く。森の中で、コーヒー片手に互いの哲学を語り合うような、人生のための学びの時間を作っていきたい。そんな想いをもって取り組んでいます。

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「幸せに感じるって、どういうことだろう」

私にとっての転機は、2017年にデンマークを訪れたこと。当時勤めていた外資系のコンサルティング会社では、デジタル化を通じた働き方改革のプロジェクトなどに携わっていました。そこでの仕事は楽しくて、そして私生活では結婚のタイミングもあり、すごく充実している時期でした。でも、一方で漠然と「この仕事を40歳になった時も続けているんだろうか。」「(仕事に関わることで生まれるはずの)幸せは、足りてるのかな」というモヤモヤ感というか、焦燥感・不安感のようなものがあった気がします。そんな時期に、長期休暇を取得する機会があり、今の事業パートナーで、大学時代の同級生でもある友人とデンマークに旅行することにしました。

その友人との関係性って面白くて、「毎週会う親友」というより、「年に一回、お互いの近況を話し合ってお互いに刺激しあう友達」なんです。その時も、最近幸せが足りてないよね、という話題から、お互い仕事もプライベートも充実しているのに「なんで幸せが足りてないと感じるんだろう」というちいさな問いが生まれ、「じゃあ、幸福度が高い国ってどんな国なんだろう。なんで幸福度が高いんだろう。どういう教育システムがあれば幸福度が高くなるんだろう」って、2人のなかでどんどん発想が広がって。もともと教育系のNPO法人と関わっていましたし、友人も教育に強い興味を持っていたので、「じゃあ、幸福度の高いデンマークに行って、学びの現場を見てみよう」となり、デンマークに行くことを決めました。こんな海外旅行の決め方をしたのも、友人との関係性があったからこそだと思います。

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「なんでこれ、日本にないんだろう」

デンマークには10日間滞在し、その間に2つの「フォルケホイスコーレ」と1つの「森の幼稚園」を視察しました。デンマークに訪問する前そして訪問の準備をしていた段階においても、教育に関わる事業を立ち上げたいとはっきり思っていたわけではありません。ただ、せっかくデンマークに行くなら徹底して教育システムに学びたいと思い、視察先の教育機関に「私たちは日本で、学校を設立予定なので、視察させてほしい」と正式にアポイントメントを取って訪問しました。デンマークでお世話になった方々は、本当に親切で。フォルケホイスコーレの教育システムを学びたいとアポイントを入れると「じゃあ、せっかくだから学校に宿泊しながら学びを体験してみてはどうか?」と言ってもらいました。

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視察させていただくなかで、フォルケの運営者の方々やそこで学んでいる人たちとたくさん話をしました。デンマークの人たちは、私たちの話の1つ1つについて質問してきます。例えば、「なんで10日間しかデンマークにいないのか」「なんでそんなにせかせかしているのか」から始まり、「日本はどういう国なのか」「どういう教育をしているのか」。さらには、「なんで理解度が違うのにみんな一緒に高校を卒業するのか」「なぜ日本人はそんなに早く社会に出るのか」「出世コースってなんだ」「なぜ同じ会社や学校で成績や業績を競争するのか」・・・

日本に住んでいた私にとって、「中学・高校は3年間だし、大学は4年間で卒業して、なるべく早く就職する」といった価値観が当たり前でした。しかし、デンマーク人にとっては違います。デンマークの人たちから、今まで考えたことがないこと、疑問に思ったことのない問いがたくさん出てきて。まさに、「問いのなかから自分が、自分の考え方が変わる」ことを、身をもって体験しました。また、フォルケで学ぶ人たちは、好きな絵を描いて過ごしたり、モノづくりをしたりと活発に活動しています。そこには「人生の学校」という言葉から想像するような「内省的で静かなイメージ」とはかけ離れた、大人が楽しく学ぶことができる場所が存在していました。

「なんでこれに日本にないんだろう、欲しいね」
2人のなかで、「大人の学び舎」を作りたいという想いが形になり始めた瞬間でした。

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「人生の学校」を作るということ

フォルケホイスコーレを体験しデンマークの人たちと対話を重ねた私たちは、日本にフォルケホイスコーレをモデルとした大人の学び舎を立ち上げることを決意しました。そして、デンマークの滞在期間中から事業モデルの策定に着手。帰国後は、事業計画のブラッシュアップはもちろんのこと、ブログでの情報発信やイベントなどを実践しながら、自分達が創っていこうと考えている「大人の学び舎」に対するニーズやフォルケの教育の仕組みに関する探求を深めていきました。例えば、参加費をいただいて、フォルケホイスコーレという教育の仕組みを共有しあうようなイベントとか。やってみて思ったことは、「今のままの自分でいいのか悩んでいる人って、意外と多い」ということ。そして何よりも、仕事をしながらも1年間色々なことにチャレンジしてみたけど、単純に楽しくて、「新しい学びを提供したい」という想いが、熱が冷めなかったこと。知れば知るほど、そしてやればやるほど、自分たちの創っていきたい学びの面白さを感じました。

一方で、策定した事業計画を周囲の人に見ていただきながら相談すると、大人の人ほど「大人の学び舎」というコンセプトや、フォルケをモデルとする教育のあり方については大いに共感してくれるんですが、「まだ若いんだし、仕事もこれからなんだから、今じゃなくていいんじゃないか?」という、実現性に対する疑問を呈されることが多かったんです。

地方に住みながら学ぶ、ということ

そんな時期(2019年9月)に、夫の紹介で北海道東川町に初めて訪問しました。そこで出会った方が、フォルケホイスコーレの仕組みに共感してくださり、「すぐにでも東川町でチャレンジしてみたら?」と言ってくださったんです。初めて大人の人から共感してもらい、背中を押してもらえた気がしました。東川町で事業をすることを決めたのも、東川町自体の素敵さもですが、働く大人のカッコよさを東川町の方々から感じたからです。そこからは東川町で株式会社Compathの事業開始に向けて本気で動き始めました。

2019年11月に東川町へ再訪。地域の方々から事業について色々アドバイスをいただきながら、同年年末には会社を退職。そして2020年2月に「『地域おこし研究員』説明会」に参加して、東川町のアドバイザーでもある慶應義塾大学の玉村教授から知見を得ることができました。さらに、玉村教授のご紹介で東川町の松岡町長とお会いすることができ、地域おこし協力隊として東川町で新しい教育事業を起こす事業に取組むことが正式に決まりました。

いま私は、東川町に実際に住みながら、Compathで新しい学びのプログラムを作りつつ研究に取組んでいます。ずっと東京と海外で生活してきましたが、東川町に住む前に、夫婦で色々な地方でお試し移住してみたりして。地方で暮らすことへの不安感はなかったですね。それに、東川町だけではないと思いますが、実際に住んでみると、仲のいい人がさらに友人を紹介してくれたりします。すると、夫婦共通のコミュニティはもちろん、それぞれも友人関係が形成されてきたのも良かったですね。

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人生の学校を創っていく

私の研究テーマは、「地域資源を生かした寄宿型・成人教育施設における個人とコミュニティの意識・行動変容プロセス」を、定性的な研究手法を活かして検証していくものです。デンマークにおける「個人の学びの変容プロセス」についてはたくさんの研究がおこなわれていて、プログラムに対する知見やプロセスも蓄積されています。

ただ、デンマークの学びのプロセスは、デンマーク人の教育に関する考え方やデンマークの社会システム基盤があるからこそ成立するものです。日本人のための学びの変容のプロセスは、また異なる仕組みが必要なんだと思っています。そのために私は、多様な学びのプログラムを提供し、プログラムに参加した方々が、参加する前と後でどのように意識や行動が変化していったのか。そしてプログラムの内容によって意識変容のプロセスにどのような違いがあるのかを、インタビュー調査を通じて明らかにしていきたいと思っています。

最終的には、この「人生の学校」という事業モデルを東川町で成功させ、東川町のために、そして創業者である私たち自身のために貢献できるような研究成果を生み出していきたいです。

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(2022.05.09)

研究資料

参考