Column

その後の「地域おこし研究員」

地域に住み込みながら、理論と実践を行き来し、研究開発を行う地域おこし研究員。2017年10月から開始して、2024年3月の時点で大学院を修了した方は20名。そのほとんどは地域で生活をして活動をしつづけていますが、実際、何を考えて、どのようなことをしているのでしょうか?

今回は、自らも修了生の松浦が、座談会形式で、鹿児島県で活動する3名の修了生に話を聞きました(インタビューは2023年12月に実施)。

登壇者:
太田良冠さん(地域おこし研究員1号・鹿児島県長島町・大崎町)
白石俊栄さん(地域おこし研究員13号・鹿児島相互信用金庫)
土井隆さん(地域おこし研究員17号・鹿児島県長島町)

インタビュアー:
松浦生(地域おこし研究員11号・鳥取県大山町)

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左から、白石俊栄さん、本永謙介さん※、太田良冠さん、土井隆さん(※本永さんは都合により冒頭のみの参加で、座談会インタビューには登場しません)

研究成果をもとに新たなステージへ

―松浦
みなさん、地域おこし研究員として活動し、大学院を修了した後はどのような活動をしていますか?

―太田良冠さん
私は鹿児島県長島町と大崎町で地域おこし研究員として「シェフツアー」の開発などの活動をした後、修了後は鹿児島相互信用金庫と協働で「フウドコレアラタ」というマイクロツーリズム事業を立ち上げました。有機農業を営む生産者のもとに訪れ、収穫体験や野外ダイニングを通じて生産者のことを知ってもらうツアーを開発し、南さつま市や長島町など鹿児島県内の各地で事業性を検討しながら実証しています。さらに、その活動をする中で、建築設計をベースにまちづくりに取り組む「株式会社IFOO」の代表とご縁があり、霧島市にある霧島神宮駅を核としたエリアリノベーション事業にジョインしています。フウドコレアラタの実証で蓄積されたノウハウをもとに、霧島市ではより濃縮した形の体験アクティビティとして、私のようなコンダクタが入らなくても生産者の現場に直接行けるようなプラットフォームを作っています。

―土井隆さん
私は鹿児島県長島町で地方創生総括監として活動し、修士研究では先端技術を活用した実証事業などの官民連携事業が機能する要件について実証研究を行いました。修了後は長島町で開発し、機能させてきたことを、さらに改善しつづけることや、そのための示唆を得るためにも、各地や多様な領域・事業に普及させることにも取り組んできました。例えば、「熱意ある地方創生ベンチャー連合」という一般社団法人の活動や、「マインクラフトカップ」というプログラミング教育の事業なども展開してきました。長島町に軸足を置きつつ、全国各地の地域側で活動を広げてくれる仲間も増えてきたので、全国各地を飛び回りながら、プロデューサー的な役回りをすることが増えています。

地域おこし研究員としての活動には、地域外から入って実践していくだけでも、とてもエネルギーが必要な上に、実践研究として成果を上げていく活動を両立することの難しさを強く感じていました。結果的には、自ら鍛えることとなり、実践も研究も成果が出てくるのですが、実践していると想定外の上手くいかないことも多いので、振り返ると、みずからの実践と研究を支える「研究計画」を立てる際に、課題認識や高い志は持ちつつも、より具体的にブレイクダウンをしてテーマを設定することも必要だと思います。

―白石俊栄さん
私は鹿児島相互信用金庫の職員として、地域おこし研究員制度を活用して、大学院に行かせてもらいました。地域コミュニティに密着して活動する信用金庫での経験をもとに、修士論文としては、地域コミュニティとの関わりを条件とする契約条項を設けた融資制度を設計し、それを実際に導入した際に、信用金庫と地域コミュニティの双方にどのような効果があるのか、仮説検証する研究をしました。成果として、お客様とのつながりが生まれることで信用リスクの軽減が図れることなどの効果があることが分かったので、先生方からは、より本格的に実証してみては、と背中を押されています。

―土井さん
「言うこと」よりも「やること」の方が難しいですからね。

―白石さん
そうなんです。修了後に、鹿児島相互信用金庫の地域おこし研究所・所長という立場にもなって、さらに「やらなくては!」という使命感が高まっています。大学院の場を活かして研究開発した仕組みを、さらに展開していくことを日々模索しているところです。

もちろん、いずれは研究成果を活かして、何らかのスキームの中で実際に「地域のコミュニティとの関わり」を契約条項として盛り込んだ融資制度をつくりたいと考えています。コミュニティとの関わりを持ち、ともに活動することには、事業者が事業展開をする意味でも価値や効果があるのですが、何も仕組みがない状態で新たなコミュニティを形成するのは難しいので、信用金庫の枠組みが、事業者が地域コミュニティと関わる一つのきっかけとして必要な仕組みになり得ると考えています。それが、地域のコミュニティの新しいあり方にもなり、信用金庫の財産としてのコミュニティにもなるような仕組みにしたいです。

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開発と実装を中心とした学生生活が楽しかった!と語る白石さん

切磋琢磨をする仲間が得られるのも魅力

―松浦
大学院の研究が、いまの活動につながっている点はありますか?

―太田さん
私は、もともと友だちが少ないんですけど(笑)、SFC大学院には全然違うフィールドの同期や先輩・後輩がたくさんいて、相談しやすい人が数多くできたのは良かったです。

あと、修了後も鹿児島県に残ったことで、土井さんや白石さんはもちろんのこと、長島町や大崎町のみなさんなども含めて、地域おこし研究員での活動で培ったつながりをもとに、鹿児島におけるキーパーソンともつながる、研究員や仲間が多い環境にいるので、実践や挑戦をしようとしたとき、様々な相談がしやすいのは本当にありがたいです。

―土井さん
当時から、研究活動はもちろんですが、それとは関係なく取り組んでいた、マインクラフトカップなどで活動の幅が広がり、結果的には、良い形で研究を活かすことができていると感じています。終了後の活動を通じて、研究発信ができる材料は集まっているので、最近は地域おこし研究員の先輩でもある貫洞さんと共に、マインクラフトの教育効果を検証した論文を書いたりもしています。

また、大学院での活動基盤(研究会)である「ネットワークコミュニティプロジェクト(通称:ネットコム)」で切磋琢磨した同期を、熱意ある地方創生ベンチャー連合の理事として巻込んだり、その活動を通じて出会った学生2名をマインクラフトカップのプロジェクトで採用したりと、仲間が増えたこともとても良かったです。彼らと出会っていなかったら、今の僕の活動は成り立たないです。 あとは、改めて視野を広げることができたと思います。私と白石さんは同期なのですが、調査研究で全国各地にもいきましたよね。

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土井さんは長島町を中心に全国各地を駆け回る日々を過ごしている

―白石さん
そうですね。大阪や岐阜県飛騨市、新潟県鶴岡市、北海道東川町、長崎県壱岐市、沖縄県宮古島市など、SFCのネットワークを活かして各地に行かせてもらいました。先生方の自宅にみんなで泊まったのも楽しかったですね(笑)。鹿児島に居たときは鹿児島のことしか知らなかったのですが、自ら研究している観点から、各地の様々な事例や挑戦を調査して実感することができたので、自治体の方や社会課題に挑戦されている方などと話す際にも、体感した情報をもとに共に考えることもしやすくなりました。

理論と実践、理想と現実のギャップに向き合う

―太田さん
ただ、事例を知ってしまうと「事例コンサルタント」みたいになってしまう恐れもありますよね。私の場合は、大学院で、自ら実践しつつも、コミュニティによる課題解決の事例と理論を深めてきたので、今はコミュニティという切り口はあえて置いておき、霧島神宮駅を起点にした仕組みを構築するところで、お金がまわる仕組みを機能させるにはどうしたらいいか、教えてもらいながら実践しています。鹿児島県は中小企業が多いので、前職のベンチャー企業のような攻め続ける動きとは全く異なり、基本的には慎重だけど大胆に攻めるところは攻めるということを、民間として実践しています。事例と理論から見いだされる理想や本質だけでなく、収益性や事業性を追求する実践力と、そのどちらもが大事だということを改めて実感しているところです。

―土井さん
大手のディベロッパーなどが取り組まない、霧島神宮駅のエリアマネジメントのような、一見して収益性の低い事業にチャレンジしているのはすごいですよね。コミュニティの観点は、資本主義と対極にあるような世界観もある意味ではありつつ、現実的には最低限のマーケットに合わないと生きていけないというのは直面する課題だと思います。行政回りであれば、いかに予算を確保するかが重要で、売り上げをあげる必要はないですけど、中小企業だと売上をまず立てることが求められますからね。

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この日は、太田さんの現在の活動フィールドである霧島神宮駅周辺を案内してもらった

―白石さん
融資する金融機関は、他者のお金を仲介する観点にもなるので、どうしても堅めになってしまうのが難しい点です。ただ、金融機関の職員も、より効果的になるよう、いままで通りのやり方に限らず、様々な新機軸のアプローチを求めていることは強く感じます。創業支援や中小企業の経営支援など、ときには経営者の気持ちを知らずに行っている可能性もあります。様々な立場や感覚を実感しながら、自ら学び、研究開発をすることと、現場での実践をすることとなどに取り組める、企業や組織派遣による人材育成制度なども大切だと思います。

―土井さん
地域での起業は、単に仕組みがあれば創業するわけではなく、背中を押してくれる人がいることが鍵になると思います。近年は「創業支援」という言葉が多様に使われて、ユニコーンを目指すスタートアップから、個人事業主での開業に至るまで、目指す出口が混在しているのが気になります。ただ、やはり地域で「潤滑油」になるようなコミュニティ型の起業は地方の方がやりやすいし、それを応援してくる人が見つかるのは、地域おこし研究員の良いところではないかと思います。また、自分自身がやろうとしていることを、ロジックを持って説明できるようになるのも魅力です。

自分のフィールドがあるからこその地域おこし研究員の魅力

―松浦
みなさんは社会人経験を経て地域おこし研究員をされていますが、そのことによって大変だったことや良かったことはありますか?

―白石さん
私は会社に所属したまま研究活動もするという形だったので、大学院2年間のうち、1年次の後期から2年次後期の頭までは、ほぼ通常通り仕事をしていました。なので、学びや研究との両立は大変でした。特に集中して大学院に力点を置く、1年次の前期の学びの期間や、修士論文を書き上げる2年次後期のタイミングでは、同僚たちに協力してもらうことが多くなりましたが、仕事と研究を切り分けてメリハリをつけることは大事で、そこからの相乗効果もあったと感じます。

―太田さん
私は、研究として扱ったシェフツアー以外にもイベント等の事業を担っていたので、それは大変でした。ただ、社会人としてベンチャーで働き、様々な経験をした上で大学院に入ったことで、学生視点の社会の解像度の範疇では思い浮かばないようなところまで見えていたと思います。大学院の研究会や論文の公聴会での、先生方からの投げかけや質問の意図への理解や、本質を伝えるテクニック的な側面も含めて、社会人を経験した上で大学院に入って良かったと思います。

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今は研究の経験を活かして、事業構築に専念しているという太田さん

―土井さん
自分が学部生の頃に地域おこし研究員の制度があったとしても、学部卒でそのまま地域おこし研究員になるという選択肢はなかったと思います。当時の自分だと、経験も自分のフィールドもなく、目的意識も持つことができなかったと思うからです。社会人経験があるか否かというよりは、自分が注力するフィールドを持つということが、地域おこし研究員になる上で必要な条件だと思います。

―白石さん
大学院では、自分の所属する組織や領域の課題感を持って授業を受けるので、自らの研究テーマとは直接的には関係ない授業でも、実務の経験も踏まえて、多くの示唆を得ることができました。大学院で共に活動した同期には、学部からそのまま進学した人は多くなく、様々な職歴や経験がある人たちがいて面白かったです。あと、コロナ禍で社会での実証が難しかったこともありましたが、大学院では、拙速に進めるのではなく、多くの仲間が、時間を掛けて、ときには休学もしながら、丁寧に取り組んでいました。そうやって、じっくりと模索することも大事ということですよね。

―太田さん
私は同期が居なかったので羨ましいです。ネットコム(大学院の研究会)には、いまは20人以上いるようですが、私ころは全体としても5人しかいなかったので…。それだけ贅沢に先生方の時間を独り占めすることはできましたけど(笑)。あとは、やはり社会で実際のこととして行うことには、何かと理不尽さがあるもので、そこでの成果を出していく感覚やチカラを高めていくというのは大事な経験だと思います。そういう学びをより高めるためにも、何らかの経験を意識して、地域おこし研究員になることを勧めたいです。

―土井さん
大変かもしれないけど、得るものはあり、やって損だったということは全くないので、飛び込んでみるのが大事だと思います。ただ、なんとなくやるのは辞めといたほうがいいです(笑)。誰にでもお勧めできるものではありません。みずからのこととして、覚悟を持って取り組むことをお勧めします。時間かけたからといって、必ずしもクオリティが高くなるわけでも、対価を得られるわけでもない。修士論文を書けたからといって、それだけでキャリアを拓くことができるわけではない。それでも自分起点の研究開発から自己成長していくことの価値は大きく、だからこその覚悟は必要だと思います。

―松浦
やはり自分の現場があることや実社会のリアリティのもとで、未来の社会の在り方を構想して、理論や本質を自ら学び、それに基づいて研究開発や実証をすることができるのが、地域おこし研究員の魅力ということですね。また、コミュニティをつくることによって社会課題を解決することの経験や枠組みを持ちながら、現実的な仕組みを創り、「稼ぐ」という課題からも逃げずにチャレンジしているのが、地域おこし研究員の皆さんの大学院修了後のリアルな姿だということが伝わってきました。今後も、全国の仲間と刺激し合いながら、それぞれのフロンティアを開拓し続けていきたいですね。修了生一同、これからさらに仲間が増えることを楽しみにしています。

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大学院修了後も挑戦し続ける仲間とのつながりは続いている

インタビュー・文:松浦生
(2024.05.24)